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2026/10/2

ルールは変えられる。スタートアップとともに歩んだ弁護士が、今、打席に立つ理由【南知果/プロトタイプ政策研究所メンバーインタビュー】

    「本当か」。それが、南知果氏の法律家としての原点だ。京大のゼミで学んだこの問い直しの姿勢は、大手法律事務所から創業間もない法律事務所へ、フィンテック企業の政策渉外から経産省でのスタートアップ政策担当へと、型にはまらないキャリアの各場面で南氏を突き動かしてきた。そして今、環境を整え続けてきた側から、自らが起業家として歩みだそうとしている。スタートアップのあらゆる側面を当事者として見つめ続けた弁護士が語る、スタートアップ企業におけるルールメイキングの現場とは。

    ※本記事の内容は個人の見解であり、所属組織・団体の公式見解ではありません。また、本記事は2026年8月時点の情報を基に構成しています。

    【南知果 プロフィール】

    2012年京都大学法学部卒業。2014年京都大学法科大学院修了、同年司法試験合格。2016年西村あさひ法律事務所入所。2018年法律事務所ZeLo参画。弁護士としての主な取扱分野は、スタートアップ支援、ルールメイキング/パブリックアフェアーズなど。2022年ペンシルベニア大学ロースクール修了(LL.M., Wharton Business and Law Certificate)。2022年11月~2024年12月経済産業省にてスタートアップ政策を担当(大臣官房スタートアップ創出推進室/イノベーション・環境局イノベーション創出新事業推進課スタートアップ推進室 総括企画調整官)。現在は、起業に向けて準備中。一般社団法人Public Meets Innovation代表理事。ALB Women in Law Awards 2021 - Innovator of the Yearを受賞。

    ▼本記事の内容の一部は、動画でもご覧いただけます。

    大手事務所から、スタートアップ支援の世界へ

    京都大学法科大学院を修了後、西村あさひ法律事務所に入所した南知果氏がキャリアの転換点を迎えたのは、入所2年3カ月後、2018年のことだそうだ。

    「AIを使って法務の世界をもっと効率的にしたい。リーガルサービスはもっと変革されるべきだ」

    法律事務所ZeLoを立ち上げたメンバーの一人がそうSNSにポストし、それをきっかけに南氏は衝動的に大手事務所を辞めることになる。

    「興味を持ってその創業者と飲みに行きました。話を聞いたら共感してしまって、辞めることをその場で決めてしまった感じです。事務所の先輩や同期にも引き留めていただきましたし、自分がやれるのかという不安はあったものの、やりたいと決断したら揺るがない性格なので」

    当時はリーガルテックという言葉が流行り始め、AIでどこまでできるのかもはっきりとはしないような時代だった。「何もわからないからこそゼロイチでやってみるのが面白そうという気持ちもあったかもしれません」と振り返る。

    移籍後の南氏が最初に携わったのは、フィンテック領域の政策渉外だった。

    「事務所が立ち上がって1年くらいで参画したので仕事を選べるような状況ではありません。フィンテックの会社が政策渉外担当の若手弁護士を探しているという話があって、何でもやりますとご縁をいただきました。正直、渉外の仕事が何なのかわからないまま飛び込んだんです」

    実際に仕事を始めてみると、政策の最前線に立つことになる。「日本にキャッシュレスを普及させる」という国家目標が掲げられ、官民一体でルールの見直しが行われていた時期と重なった。南氏はフィンテック企業の「中の人」として、官庁や政治家に対してルール変更の必要性を訴えていく。

    「ルールメイキングという言葉に出会ったのはこの頃ですね。スタートアップは新しいビジネスをやろうとする組織ですが、どうしてもルールが壁になっている。ルールを変えないと新しいビジネスができないよね、という課題から、ルールも変えていこうという活動になっていった感じです」

    「本当か」という問いが育てた「法律は変えられるもの」という感覚

    南知果氏インタビューカット

    南氏にとって、法律は与えられるものではなく変わりうるものだという感覚は、学生時代からすでに根づいていた。

    「私が京大法学部に入ったのは2008年で、ちょうど120年ぶりの民法改正が議論されているタイミングでした。京大では法制審議会の議論に携わっていた先生方が3名いらっしゃり、授業の中でも改正の議論を教えていただいていました」

    特に影響を受けたのが、ゼミ生としても師事していた山本敬三先生だ。

    「先生のお決まりのパターンが、まず通説を説明されてから、『本当か』とおっしゃって先生のお考えを述べられるというものでした。ゼミ生はみんな『本当か』を真似するんですよ(笑)。このやり取りから得たものはすごく大きくて、私の法律に対する姿勢は『本当か』という言葉から始まっているなと思います」

    みんながこう考えているから正しい、ではなく、常に「本当にそうか」と問い直す。その姿勢が、政策の世界に身を置いた南氏の基礎となっている。

    「法律は人間が作っているので、過去からの思想の積み重ねとも言えます。社会の変化に合わせて変わっていかないといけないもの。変化を直接感じている民間側から政策提言や法律を変えることを提案するのはごく自然なことで、むしろ必要なことだと捉えています」

    経産省官僚として感じた合意形成の難しさ

    スタートアップでの政策渉外の仕事の後、留学を経て帰国した南氏は経済産業省にスタートアップ政策担当の民間出身管理職として入省した。岸田政権が掲げたスタートアップ育成5か年計画のもと、「日本から時価総額の大きなスタートアップを生み出すため、国として支援していく」という目標を掲げた現場は異例のスピード感だったという。

    「内閣官房が司令塔となって各省庁に宿題を出し、その進捗を細かくマネジメントしていくという形で進んでいました。霞が関の論理でそういう進捗管理が空気のように働いていたのが印象に残っています。かなり速いスピードで法律、税制、補助金をはじめとする予算事業が、同時進行で動いていきました」

    インタビューに応じている南知果氏の画像

    自身が担当したのは、スタートアップで働く人々へのインセンティブ付与に関する税制改正だった。税制の大原則は公平・中立であり、政策目的のための例外は限定的であるべきだという基本原理があるなか、これを実現させるためには多くの課題があった。

    まず直面したのは「そもそも、なぜスタートアップを支援するのか」「スタートアップが日本経済に果たす役割は何か」という問いに答えることだった。

    「スタートアップで働くことは、社会全体の中ではまだごく一部の世界の話です。そこをなぜ国として特別に応援しないといけないのか、丁寧に議論する必要がありました。しかもスタートアップの中には成功してお金を持っている人もいる。そうした人は目立ちますから、その中でスタートアップを優遇する必要性をわかっていただくのがかなり難しかったですね」

    このように政策の意義について説明を果たすことはもちろん、政策について合意形成していくことも難しかったと南氏は言う。法律は一度定めると広い範囲に影響が及ぶ。税制改正も同様だ。

    「影響の及ぶ範囲すべてに対して、考えながら改正していかなければならない。自分の一方的な意思だけでは変えていくことができないという合意形成の難しさを痛感しました。それは官僚の仕事の大きなやりがいでもありましたね」

    政策立案に必要な声をスタートアップ市場が集めにくい理由

    さらに南氏が直面した課題が、政策立案における良質なインプットの担保だった。

    政策の仕事は、ある社会課題に対して法律・予算・税などを使って解決しようとする試みだが、そもそもその社会課題が何なのか、どういう手段を選択すればうまく解決できるのか特定すること自体の難易度が高い。だからこそ、当事者の声はもちろん、様々な立場の方々からのヒアリングが欠かせない。しかし、スタートアップからその声を集めることが、構造的に難しかった。

    「自動車や医療などの業界では伝統的な業界団体が声をまとめて役所に渡せますが、スタートアップは業界団体としてまとまる強い動機がないのが現状です。それも当然で、スタートアップ企業はあと数カ月分の資金しかないような状況で経営していることも多いから。その状況でどうやって会社を存続させ大きくしていくかに注力しているので、公共政策活動に割ける人的・金銭的・時間的な余裕はないんです。役所側から何もしなければ役所へのインプットが十分にはなされないという問題を感じました」

    南氏自身、スタートアップ企業での経験からある程度実務的な部分はわかっていたものの、細かいところは現場のスタートアップや証券会社、信託銀行など様々な方の声を集めていた。税制改正の審議が佳境を迎えた夜中に、南氏が知り合いのスタートアップ関係者に電話をかけて実務的に有効な政策になるか相談することが何度もあったという。

    現場をよく知る人の声なしには、実務に耐えうる政策は作れない。その実感が、後のスタートアップにおけるルールメイキング支援への問題意識につながっていく。

    スタートアップ政策を進めるために必要なことは熱量と対話の場

    南知果氏インタビューカット

    最後に、南氏がこれまで事業者、弁護士、官僚としてスタートアップに関わってきて感じた「スタートアップ政策を進めるために必要なことや問題意識」を聞いた。

    「官僚側は課題に対して向き合って考えている方々を適切に人選してヒアリングをしていくことが必要だと思います。どんな方にも話を聞くことができればいいですが、時間も政策資源も有限なので、適切な方とマッチングしてお互いに課題について話し合えれば政策が進みやすくなります。

    あと意外と重要なのは、諦めないこと。法改正や税制改正をトライしたけれどその年は実現しなかった例はたくさんあります。政策は思いだけで実現するわけではなく、説明していくプロセスも必要です。説明したことを理解していただくためは熱量が乗っていないとうまくいかないというのは、やっていて感じました」

    スタートアップ企業に対しては、公共政策活動に割ける資源がない状況はあるものの、それでも「政策提言活動はエコシステムのためにやっていく」意識を持って、ある程度割り切って取り組む必要があると指摘する。「こういうデータや提案があると、政策の仕事が進みやすい」と官僚が感じるポイントを理解する民間企業が増えていくと、政策提言のレベルが自然と上がっていく。スタートアップ企業も官任せにせず熱量を持って伝えていくとより良い政策の実現につながるだろう。

    そして、それぞれの立場を経た南氏が至った結論は、「肩書を外してフラットに語り合う場」の重要性だ。肩書や立場を外して、同じ課題に対して取り組む人間同士として、フラットな関係で話し合う場が本当に重要だと南氏は言う。そうした「フラットな人間関係の形成」のために南氏が行っていたのは情報発信を続けることだそうだ。

    「自分の経験として、情報を発信していると、自分の問題意識や現在の仕事内容などを理解してもらえるんです。その結果、こういう人に話を聞くといいと自然と紹介してもらったことも多かったですね。民間から霞が関へ移った私が出せる価値は、これまで出会ってきた方々とのネットワークだったりします。だからこそ、情報発信は意識的にやっていました」

    そして今、南氏は起業の準備を進めている。

    「経産省でずっと、日本からユニコーン企業はどうやったら生まれるんだろうという課題を解決するため仕事をしてきました。環境は整えてきたけれど、チャレンジの数を増やす・打席に立つ人が増えるというのが、この課題の解決に一番大事なことだと思っていて、自分もその打席に立とうと思っています」

    (インタビュー:降籏捺妃、編集:渡部梓、撮影:田中美樹)

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    大手法律事務所からスタートアップへ、その裏にある"一貫した生き方"|南知果【プロトタイプ政策研究所メンバーズファイルVol.7】

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