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対談
2023/10/17
これからのテレビ放送と放送制度はどうあるべきなのか ~放送における経営、番組編成、フェイクニュース、市場競争、そして制度設計についての座談会~
総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」の構成員らによって、改めて現状の整理や論点の明確化のために座談会を開きました。
これからの放送はどうあるべきか。総務省では、デジタル技術の発達を背景にしたデバイスやサービスの多様化を迎えたこれからの時代に、放送と放送制度のあるべき姿を検討するため、有識者による「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」(以下、放送制度検討会)を2021年11月に設置しました。その議論をもとに2022年8月、「デジタル時代における放送の将来像と制度の在り方に関する取りまとめ(第2次)(案)」が、2022年8月の第1次に引き続いて公表されました。
第1次取りまとめでは、詳細な検討を必要とする課題がいくつか示されています。そのひとつ、第4章「放送コンテンツのインターネット配信の在り方」におけるNHKのインターネット配信の在り方等について検討を行うため、放送制度検討会の下に「公共放送ワーキンググループ」(以下、公共放送WG)が2022年9月に設置されました。
公共放送WGでは、公共放送というもののあり方、インターネットの活用を含めた今後のNHKの業務内容などが議題としてあげられていますが、そのなかでも「インターネット業務の必須化」を巡って議論が紛糾しました。一般社団法人日本新聞協会メディア開発委員会が「NHK インターネット業務の『必須業務化』に対する意見」として反対姿勢を示したのです。
受信料収入で運営されるNHKについては、民間放送との競争における公平性についてこれまでも議論がありましたが、インターネットを利用してのコンテンツ提供という観点では、新聞社も競合になるというのが新聞協会の主張の核となっています。一方で、そもそも新聞とNHKは競合なのか、NHKのインターネット活用は新聞社の業務を本当に圧迫しているのか、という点については、議論がかみ合わない状況が続いていました。
これは「NHK 対 新聞」という対立構造で捉えることは容易ですが、一方でフェイクニュースへの対応などを視野に入れた「基本的な情報の供給源」としての公共放送の位置付け、個人情報・プライバシーとネット広告とメディアビジネスの将来像、といった論点を踏まえるならば、より広い視座での議論が必要です。
そこで、改めて現状の整理と論点の明確化のために、放送制度検討会及び公共放送WGの構成員を務める落合孝文、瀧俊雄、山本龍彦、宍戸常寿、曽我部真裕の各氏による座談会を行いました。モデレータは、放送制度検討会の下に設置された「小規模中継局等のブロードバンド等による代替に関する作業チーム」及び「放送業界に係るプラットフォームの在り方に関するタスクフォース」の構成員であるクロサカタツヤ氏が務めました。
なお、本座談会は対面とウェブ会議ツールのハイブリッドにて実施しています。また、公共施策WGの第11回(7月24日開催)が開催された直後の7月26日に収録されたものです。そのため、公共政策WGの第12回(8月10日開催)、第13回(8月29日開催)及び放送制度検討会の第21回(8月8日開催)、第22回(8月31日開催)、第23回(10月12日開催)における議論は反映されていません。

<キャプション>左上から時計回りで瀧俊雄、宍戸常寿、山本龍彦、クロサカタツヤ、曽我部真裕、落合孝文
クロサカ 総務省の放送政策検討会(親会)と公共放送WGは、「放送の未来」や「公共放送のあり方」という大きなテーマを議論する場でありながら、現時点では「NHK 対 新聞協会」というわかりやすい対立構造で捉えられ、盛り上がってしまっています。この対立が問題の本質ではないと思いつつも、一方ではこれ自体もなんとかしないと議論が進まないため、頭の痛い問題であります。まずは、この対立の解決への道筋はどのように付けたらよいのでしょうか。
曽我部 対立そのものは、どうにもならないのではないでしょうか。業界事情に詳しくない一研究者の印象にすぎませんが、最後までこのまま対立が続く感じがしています。ただ、検討会としてはあるところで結論を出さざるを得ないので、どういった結論を出すのかということでは、NHKのインターネット業務を一定の範囲で必須化した上で、ガバナンスを強化するなどの手立てを尽くすというのが着地点なのだろうと思います。これは、おそらく他のWGメンバーの方々とも一致しているのではないでしょうか。
同時に、WGメンバーの皆さんが懸念されているのは、NHKのインターネット業務と新聞社の苦境について、因果関係がはっきりしないところです。新聞協会もその点についてはエビデンスがないことを認めており、そうするとロジカルに議論を収斂させていくことが難しく、結果的にあるところで結論を出さざるを得なくなるでしょう。他方で、新聞社が縮小していくこと自体も私は懸念していて、そこには何らかの手当も必要だと思います。結果的にバーターに見えてしまうのが良くないのですが、新聞の縮小についてもしっかり議論をしていくことが大事なのではないかと思います

クロサカ メディアとしての新聞の事業環境の厳しさについては、人口減少や限界集落増加の蓋然性が高まった20年前から予測されていたものの、そのことを正面から議論できるようになったのはここ数年でのことです。ただ、新聞社の資本構造や過去の出資の経緯などを見ると、テレビ局との深い関係もあり、曽我部先生がおっしゃった「バーター」というように外部からは見えてしまうことは否めません。とはいえ、新聞に限らずテレビも経営が厳しくなって来ている現状、単に両者が支え合うだけの未来は実現困難でしょう。こうした現状を踏まえて、公共放送WGで新聞協会がNHKのインターネット必須業務化に対して反対意見を述べていること、さらにいえば、そもそもそこで新聞協会が意見を述べているこの状況は、どのように理解すれば良いのでしょうか。
宍戸 新聞協会は、NHKの業務拡大、特にインターネット利用についてはずっと反対してきました。ただ、これまでは新聞協会と日本民間放送連盟(以下、民放連)が共闘して、どちらかと言えば後者が前面に立ってきました。しかし、民放の側の状況変化もあって、むしろ地方紙や新聞協会のプレゼンスがより強く表に出てきただけではないでしょうか。
私はかつて、NHKが設置した「NHK受信料制度等専門調査会」の委員を2010年から2011年に掛けて務め、報告書作成に関わったことがあります。その際にも、新聞協会のメディア開発委員会から意見交換をしたいとの要望があって赴くと、「NHKのインターネット業務については法律上の制限がある。それを破るような報告書は問題だ」といった趣旨の厳しい批判をいただきました。もちろん報告書では、その限界を理解した上で、法改正の必要性等に触れたつもりだったのですが、その場はまったくの四面楚歌で、議論や意志決定のあり方に不安を覚えました。
今回の新聞協会のご意見が、どういったガバナンスの下でよってまとめられたのかはわかりません。個社それぞれが、今後の生き残りをかけた戦略をお持ちでしょうし、各社のトップレベルが動くということも、当然ありうるように思います。しかし、新聞協会本体の名義ではなく、メディア開発委員会という非公開の下部組織から、新聞協会にも加盟しているNHKのインターネット活用について、非常に強い批判が繰り返し公にされるという事態は、国民にとってわかりにくい状況ではないでしょうか。

クロサカ 私自身はテレビ局とも新聞社とも仕事上の付き合いが増えており、正直に言って今、いたたまれない気持ちです。ただ、新聞に何が期待されているのか、その実現を阻む本当の敵は誰か、改めて新聞が存在することの社会的な意義は何か、ということについても明確にした議論があるべきではないかと感じています。山本先生はどう見てらっしゃいますか。
山本 放送にしても新聞にしても、いわゆるオンラインプラットフォームの上で戦わなければならなくなっているという状況をまず認識しなければなりません。メディアの境界がかなり溶解してきているわけです。それは事実として、放送と新聞の差異が喪失する世界になってきていることを意味します。オンラインプラットフォームという、一元化された通信の世界において、それぞれのメディアがアイデンティティ・クライシスに陥っており、それがこの種の混乱を引き起こしているように見えます。
このように、メディアの地殻変動が本当に起きていて、その過渡期に破壊的な状況となっているにも関わらず、一般の人がそれをわかっていないことも問題でしょう。「メディアのことをメディアが報じたがらない問題」というのがあり、例えば今回のNHKのインターネット業務必須化にしても、新聞協会が反対しているらしい、ということも、それなりに報道されていますが、その背景について詳細な記事が書かれることはありません。そうすると、国民は何が起きているわからない状況におかれ、騒動や問題が起きても冷静に批判できない状態になっている。
アジェンダはメディアがある程度設定できるので、メディア自身の問題はあまり俎上にあがらず、それによってネットで非常に極端な意見が拡散してしまう、という悪循環が生じているようにも見えます。本来、混乱した議論を整理するのはメディアなのですが、自らが当事者になることでは議論を整理できない。こうした、広い意味でのガバナンスは、真剣に考えなければいけない問題ではないでしょうか。

クロサカ 今回の件の報道を見ても、「公共放送ワーキンググループという会議がありました。そこで新聞協会が怒っています」という断片的なものがほとんどです。そしてこれがYahoo!ニュースに載ると、「NHKは叩いていい」というモメンタムがネットにはあるので、「NHKふざけるな」というヤフコメがたくさん付く。なかなかに不毛な状況だと感じます。ここに至るまでの背景、すなわち何が起きていて、何が問題で、その構造はどうなのか、といったことが明らかにされていない状況の下で議論が進むというのは、やはり健全ではありません。ここまでのお話を踏まえて、瀧さんはどのように見てらっしゃいますか。
瀧 私は、この中で一番の新参者なので、常にフレッシュな目線で語ることができると思って、議論に参加しています。だから、新聞協会が公共放送WGに途中から参加してきたときに、「なぜ彼らはこの場にいるのか?」をフレッシュな頭で考えたときに、この議論には、法制度という法学の問題と、経済の問題という2つの問題があるのだと理解するようにしました。
経済の問題はシンプルです。収益性が細ってきているなかで、多元性を残すためにはどうすれば良いのか。そして、そうした環境の下で公共部門が、民間部門のやるべき仕事を奪っているのではないか、という純粋な収益性の問題です。経済学におけるクラウディングアウトです。法学上の問題としては、2つあります。例えば、ラジオ局に自治体が出資する例がありますが、それによって自治体に不利益な報道ができなくなる可能性があります。放送の位置付けとして、施政者から独立した放送局を保つ必要があるので、民放へはそれほど税金を投入しづらいという問題です。
また、地方局が独自に制作する番組の比率を示す自主制作比率という、地方局の存在意義にも関わる指標がありますが、これを重視するあまり、銀行のようにM&Aを進められず、収益が先細った結果、地方局が潰れてしまう未来が起こりうるわけです。多元性を担保しようするあまり多元性が損なわれるのであれば、そもそも何が多元性なのかというトピックが浮かんできます。これが2つめの法学の問題です。
この多元性については、放送制度検討会に1年余り参加していて、一筋縄ではいかない概念だと理解し始めています。検討会で、ビジュアル的に表現してほしいと言っても、それに対して明白な回答が得られない。そのため「多元性を守る」という目的に対して、「どうすれば多元性が十分に守られたと言えるのか」というゴールがわからないまま、議論をしているように思うのです。その結果、経済的な問題と制度上の問題が別々に存在しているのだけれど、それぞれを解こうとする意志が見えていないように思います。
経済学で有名な「ティンバーゲンの定理」というのがあり、これは経済的な政策目標の数だけ、個別の政策手段が必要だというものです。今あげた3つの問いを解かなければいけないのに、そのうち2.5個くらいに新聞協会が反対しているために、議論がこんがらがっているという印象を持っています。

クロサカ 多元性については、プレイヤーが多ければそれでよいのか、県域ごとに放送局がたくさんあれば多元性があると直ちに言えるのか、という疑問がすぐに浮かんできます。これはネットの台頭により情報メディアに対する評価軸や、そもそもの区分が揺らいでいることに起因しているはずです。
AP通信のトム・カーリー元CEOが2004年に提唱したデジタル時代のメディア産業のフレームワークをもとに、元グーグル社員の及川卓也さんが提唱した「コンテンツ、コンテナ、コンベヤ」という水平分業したメディアのレイヤー構造がありますが、3つのレイヤーを垂直統合したメディアである新聞や放送が、その構造を維持したまま「これが多元性です」と発言しても、むしろ理解しにくくなってきているのかもしれません。
瀧 報道におけるクラウディングアウトを主張するならば、その主体は新聞に限らず、例えばバズフィードが来てもいいはずです。報道という情報空間を広く捉えたときに、その主体が新聞協会だけというのは変だなと思います。
クロサカ コンテンツの信頼性という観点では、私はオリジネーター・プロファイル(OP)という取り組みを、同技術研究組合の事務局長として推進しており、山本先生にも参画いただいています。OPは、コンテンツ制作にあたって、編集方針や綱領を持ち、情報の信頼性や真正性を担保するための方法論を内部で準備しているということがトラストにつながる、という考えの下で、新聞社やテレビ局、雑誌社などがネットで発信する情報を認証することをまず初手として考えています。一方、OPの普及が進むと、多元性の確保はこうした業界や組織単位の認証だけで足りるのか、というのは当然出てくる議論だと考えています。
落合 今の多元性についての議論は、「放送局は比較的質の高い情報を発信している」ことが前提になっていると思います。ただ、その議論のなかに、新聞や他のメディアが出てくると、制度的にはよくわからなくなる部分が出ると思っています。というのも、放送については、訂正放送、BPO、不服申立であるとかスクリーニングといった機能を制度的に持っている。それが放送の強みだとすると、その点は新聞よりも放送のアドバンテージになるはずです。しかし、新聞との比較において、放送の優位性を担保している手段を制度面において記述すれば、単に放送の方が優位となってしまいそうです。
新聞は世の中に何百紙とあって、個別の業界紙から地方紙に全国紙まであるなか、検討会では多くの人が基本的には大手一般紙、地方有力紙を念頭に議論しているようにも思います。そのような新聞社には放送と同程度の規制があっても良いという考え方もあるかもしれませんが、とはいえ、個別の新聞に着目した話をするならば、規制をすることが良いこともあれば悪いこともあり、規制を設けるべきという議論ではないと思います。新聞と放送とを比較すると、放送法という制度によって本当に何を守っているのか、というところは一度掘り下げてないとわからないのではないでしょうか。
もう一方で、規制改革という観点で見ていくと、NHKの変化に対する新聞協会の動きもわからなくはないです。しかし、現実の状況としてインターネットにおける競争が起きているなかで、単にメディアの競合可能性を議論してメディア内の競争環境を整えれば、直ちに自分のパイが増えるわけではありません。また、公共放送WGでの議論も、すでにNHKが実施していることを制度として法律にどう書いて規制するのかという話であり、新聞協会が考えられている競争環境の整備につながる議論ではあるので、新聞協会が反対することに実益があるのか、いまいちわかりません。
以上の二つの意味で、制度的には価値があるとされていることについて、実は未だに検証されていない部分があり、さらに論理的な議論がされているというよりは、「必須業務」ということへの抽象的な警戒論だけで議論されているように思います。それ故に、すべての公共放送についての議論が、「何のためにやっているのか」次第によくわからなくなってきた状況だと感じています。

クロサカ もともと放送制度検討会は、従来の電波による放送の在り方を、デジタル時代にどうシフトさせていくのかを考えることを目的にしています。そして公共放送WGは、NHKのネット対応におけるニーズの高まりを、規律の下でどう社会と調和させるのかを議論し、最終的に放送法第20条(NHKの業務内容)をどう改正すべきか、について議論する場所のはずです。
ただ、そうしたアジェンダに対する回答は、むしろNHK自身が設置して曽我部先生が委員長を務められた「次世代NHKに関する専門小委員会(第2次)」の方がクリアに示されているような気もします。私も専門委員として一度参加いたしましたが、NHKの諸課題を若干棚上げしているところはあるものの、それも含めて先々NHKが何をしていくべきなのか、パーパスを含めた議論だと思いました。そもそも、あの委員会はどうした背景で議論を始めて、どういうふうに着地していったのでしょうか。
曽我部 委員会の目的は、情報空間全体のあり方を考えた上で、公共放送あるいは公共メディアの位置づけを考えるべきではないか、といったことです。クロサカ先生、西田亮介先生、和久井理子先生のお三方にゲスト参加していただいたのですが、それも含めて議論もNHKがどうだというよりは、情報空間のあるべき論を考えようということでかなり一貫しておりまして、報告書もそうなっています。
大きな柱としては2つあって、1つはプラットフォームをどう規律するのかという問題。もう一つは良質な情報をどういうふうに情報空間にインプットしていくのかという話です。後者は、公共サービスメディア(以下、PSM)をつくって、信頼できる情報を提供していこうではないかということです。ただ、PSMというのは、NHKが入ることは当然考えているのですが、NHKに限らない既存の新聞社とか民放も役割を果たし得る。したがって、現在の新聞、放送を含めたマスメディアをパブリックサービスと位置付け、それによって一定のサポート、あるいは記者教育の提供とか、いろいろな形で政策的に支えていくことを考えた内容になっています。
これは、放送とか通信というものは捨象して、情報空間として一元的に捉えた上で、あるべき姿を構想する形になっています。ですから、クロサカ先生が、放送をどうするのかという問題提起をされましたが、それに応えるなら放送について特段フォーカスしていないということにはなります。
クロサカ 最後のお話が非常に示唆的です。この座談会のアジェンダ設定をあえて「放送」としましたが、まさしく放送の話をしている場合ではないというか、放送の話をするのに放送だけのこと考えていてもしようがない。これは多くのユーザーの体感に近いものです。非常に現実的でもあると思いました。
それを踏まえて、宍戸先生と山本先生のお二人に同じ質問をうかがいます。曽我部先生の「次世代NHKに関する専門小委員会(第2次)」の報告書では、「ジャーナリズムの規範を遵守し、自分の名前と責任で、表現・情報を取捨選択・加工して、公衆に発信することがマスメディアの公共性」、「マスメディアの多元性は、複数政党制と並ぶ民主主義の要石。また、役割を果たすためには、『信頼』が重要」という宍戸先生の発言が引用されています。信頼、すなわち「何がより確からしい情報であるのか」をどのように示していくのかということですが、新聞も放送も相対化された情報空間のなかでは、どうやって信頼をつくっていけばいいのでしょうか。

宍戸 「信頼」といったときには、いろいろなレベルがあり得ると思います。オリジネーター・プロファイルのように「この情報は、正しくこの発信主体が発したものだ」と認証するもの、情報の中身が改ざんされていないことの証明、また情報そのものの質的な面もあると思います。これは放送の多元性にも関わっている論点だと思います。
放送業界が多元性という言葉を強調してきた理由は、多元性と多様性と地域性の三つが、参入規制の基準であるメディア集中排除原則で重視されてきたからです。国民の知る権利という観点からは、情報の多様性が最も大事なのであって、情報源の多元性は手段にすぎない。情報を多様にしようと思うならば、単独ではなく複数の情報源が情報を供給することが望ましいのではないか。地域性も、県域免許制により地域の中で信頼できる情報を取材・報道する主体が存在してローカル情報が供給されるので、それをナショナルメディアが潰してしまうのはよくないのではないか。いまから見れば、こうした多様性、多元性、地域性は、デジタル化する前の日本社会の在り方を前提に置いたときの、信頼を生み出すプロバイダーの側に対する規律だったと思うのです。
他方、現在では、クロサカさんがおっしゃったように、デジタル社会で情報の受け手とされてきた人々が強い発信力を持つようになり、それがプラットフォームで媒介されることによって強い力を持った結果、偽情報や低品質な情報が飛び交うなかで、皆が信頼できる情報、あるいは信頼できる情報の主体を求めるのではないか。
そういった信頼をどうつくっていくのか、という課題への対応の一つとして、デジタル空間の中での既存の情報を加工するだけではなくて、フィジカル空間で起きていることを正しくデジタル情報に変換してくれることが必要です。取材して報道してくれる機能が残らなければ、ニュース砂漠が起きて日本は大変なことになるのに、コタツ記事を書くにすぎない主体と、取材して記事を書く主体の間でのフェアな競争に、現状はなっていないわけです。そこをフェアな競争にするため、取材をして記事や番組をつくる人たちが優遇されるようなエコシステムになるよう、制度設計しなければいけない。そこに今の放送制度の意義があり、あるいは受信料制度を含む、曽我部先生の表現を借りれば国家の「介入」が必要であることは、はっきりしています。
ただ、信頼されるためには、取材から加工して記事が届くまでのプロセスの透明性を上げ、公開性を持たせ、外部から参加したり議論したりできるようにするような取組が実践されることが求められます。
山本 メディアの「多元性」と言ったとき、3つの要素が頭に浮かびます。1つ目は、実体ないしパーパス、2つ目が手続ないしガバナンス、3つ目が届け方・送り方という物理的な問題です。その中で、これまでは3つめの届け方でメディアを区分してきたため、1つ目と2つ目について、実はあまり考えられてこなかった。
ただ、さっきから言われているのは、届け方による区分法が限界に来ているということです。すべてが通信に寄ってきているので、そこで多元性を打ち出しにくい。そうすると、届け方・送り方で区別してきたメディアを一旦ばらして、パーパスやガバナンスで改めて差異を定義しなければなりません。この本質的な議論が日本では希薄だったので、これはとても大変です。でも、この2つが実は「信頼」と関係している。
曽我部さんがおっしゃった「PSM」は、恐らく今まで届け方で区別されてきたものをばらし、パーパスという実体的要素とガバナンスという手続的要素でメディアを再定義し、多元性を再構築しようという試みだと感じました。私は、ポイントはアテンション・エコノミーとの距離だと思います。繰り返しになりますが、現在は、アテンション・エコノミーの世界で情報空間が一元化している。なんだかんだといっても、メディアの多元性や情報の多様性は既に失われているわけですよね。言葉は悪いですが、これは結構ヤバいことです。だから、アテンション・エコノミーの「外部」を創出しないといけない。PSMのパーパスとガバナンスを探求するとき、基本的には現在のプラットフォームビジネス、つまりアテンション・エコノミーの「逆」を考えることになるのだと思います。その逆張りの部分が信頼の根拠となり、支援の正当化になる。
ただ、「PSM」にもなお多様性があるように思います。NHK的なるものと、民放的になるものとはやはり違うだろうし、放送由来メディアと新聞由来メディアにも差異があるように思えます。それによって、ガバナンスのあり方、例えば視聴データの取扱い方などにもグラデーションが出てくるかもしれません。また、放送由来メディアについては、分社化までいかないとしても、報道部門とバラエティ・ドラマ部門で分かれてくる可能性がありますよね。前者はPSMど真ん中だけど、後者はむしろそこから外れて、ネットフリックスやYouTubeとイコールフッティングで自由に戦っていくほうがよいかもしれない。ただ、そうなると報道部門の採算性をどう担保するのかが問題になるわけで、そこでまた別の線の引き方を考えなければならない。いずれにせよ、先ほど述べた3つの要素をばらして整理し直すということになると思います。
ただ、これは相当大変な作業で、実際に中にいる人たちは耐えられない。だから、論理性というものを飛び越えて、感情的な部分が噴出してきていているようにも思います。ただ、皆が薄々その必要性を分かっているので、希望はあると思います。
落合 メディアの機能面で言うと、発信対象になる情報をつくる取材・コンテンツ作成部分と、それを仕分けて、どれをどういう形で流すか、もしくは流さないかという考査等のモデレーションの機能の部分があって、さらに紙媒体か、テレビの地上波または衛星波などのフィジカルな形での伝達経路がありました。
ところが、視聴率は劇的に下がって、新聞も通信を経由して見る状況が増えてきています。輸送経路の優位性は、少なくとも10年前に比べると劇的に下がってきていて、電波を使えるという立場が与えられても、本当に影響力のある形で情報を視聴者に届けられるのか、という点で変化が起き続けており、メディア間の競争という意味でも難しくなって来ています。
また、メディア間だけでなく、非メディア企業も直接情報を届けられるようになってきています。企業のオウンドメディア、SNSで発信しているインフルエンサーやユーチューバーもそうかもしれません。メディアではない人たちと、ある程度似たような情報で争うような環境になってきています。
メディアが機能的には分化をして、且つお客さんに一番近くて届けやすいところにあるのは、かつては放送だったのが、今や通信デバイスとGAFA、その他のプラットフォーマーになってきていて、必ずしもメディアは自分で完結する伝達経路を持っていない状況になりつつあります。
メディアが有するそれぞれの機能は、一部だけを切り出して仕事ができるようになってきています。情報を作るところは、オウンドメディアやインフルエンサー、テレビ局や外注先のライターさんもいます。モデレーションも、今後はプラットフォーマーが一定の責務を負うべきか総務省も考えています。ただ、全てのメディア機能のバンドルを崩しただけだと、生き残っていくのに十分な収益が得られない状況に見受けられます。
メディアの機能を分解することは必要だし、既に起こっているけれども、そこをリバンドルして、どういう形で再編成すれば生き残れる業態になるのか。それとも業態として定義するわけではなく、また別な部分で一定の機能があることを優遇する方法を考えるのか、という話になるかと思っています。
金融では、銀行の3大業務である預金、送金、貸付がありますが、貸付はノンバンクもやっていて、送金もPayPayやWiseがいる状態になっていて、機能が分割されて通信よりも以前から競争にさらされてきた。その点で、瀧さんは比較する視点をお持ちだと思います。

瀧 落合先生の振りに答えると、銀行の3大固有業務というのは、過去には大きなレントを持ち、それを享受する代わりに、現金を引き出せる場所や社会の決済機能、信用創造の担い手、といった機能を全国で安定供給し、願わくは地域の信用創造の主体になるという状況が60~70年代をピークとしてありました。ところが、もはや日本は資金余剰の国になったので、前述の機能を維持することが何十年もかけて困難になってきたというのが、銀行界を取り巻く大きな前提です。
これが放送だとどうなるのか。銀行が全国に決済機能を提供するということは、放送において何に該当するのかというと、災害報道をすることなのか、地方局の自主製作比率を5%以上にすることなのか、まず冒頭に述べたような多元性の定義を明確にしなければいけない。ところが、例えば『タモリ倶楽部』は、オープニングを除くと大変教育的な内容だったりするわけで、一概にどんな番組なのか定義することはほぼ不可能だったりします。
また、同じものを同時に流すということの公共性も捉える必要があると思っています。ChatGPTに、放送じゃなきゃできないことは何か聞いてみました。すると、インターネット上のコンテンツと比較してテレビでできないことは「ライブ放送、一括視聴体験、アクセシビリティ、規制やガイドラインを持っていること」の4つだと教えてくれました。3番目はブロードバンドのユニバーサルサービス化でクリアできるとすると、ライブ、スポーツ、ニュース、災害報道といった同時視聴と、子どもに見せることを考えた時に、YouTubeとは違う、ある程度の歯止めが放送内容にかかっていることが挙げられます。このような価値との引き換えで、どこまでをレントとして保証すべきなのか、というバンドル性が逆に議論になるのかなと思います。
クロサカ 皆さんのお話で共通していたのは、完全にアンバンドルしきって、これまで放送が守ってきた公共性とか公益性を維持できるかというと、多分厳しいということだと思います。一方で、放っておくと確実にそちらに行ってしまうし、放送局自身が体力のある今のうちにと、自らのアンバンドルを始めている状態とも言えます。
たとえばTVerに関して「あれは放送ではないし、放送法の下にはないから触ってほしくない」と言う放送事業者の方も業界にはいます。ただ、こうした意見は危ないと思うこともあります。放送事業者が「放送じゃない」というサービスが拡大し、一度進み始めてしまったイナーシャが利きはじめると、もはや「放送」という枠組みに、放送局自身が戻ってこられなくなるのではないか、というような感覚です。
税金を使って延命するのか、エコシステムをもう一回つくり直すことに注力するのか、プラットフォームにコスト負担を強いる制度を作るのか、いろいろな方法があると思うのですけれど、それを目先で決めるのではなくて、どこに行くと、今まで我々が信じていた、頼っていた放送の必要な部分だけを残して、次の世界に行くことができるのか。

宍戸 ドラマやバラエティをアンバンドルにして報道だけにしたら、保たないのではないでしょうか。かなり前から、芸能でお金を稼ぐことで、報道番組やニュースあるいは災害対応をするのがテレビ局の経営の実態であり、今では不動産業等いろいろな事業をさらにやっておられますね。
憲法研究者としては、国民の知る権利という場合に、重要かつ公共的な情報が共有され、民主主義に貢献することを望むわけですが、人々はそういう公共的な情報にお金を払ってまで読もうという意識はあまりない。何でそうなのかは、よく分からないですが。
いずれにしても、公共的な情報が供給され続けなければならず、そのために、本来アンバンドルしていこうとするものを、例えば制度的な優遇措置によってバンドルするのですが、なぜそうなのか、真ん中の部分を確立しないと、放送制度を維持する理由が立たないのではないかと思います。
そのためには、制度を前提にしたエコシステムが健全に回るようでなければならないし、それはいま申し上げたような放送の理念にコミットしつつ、その理念のためにお金を稼ぐのだ、ということを自覚してやっていただくということを意味します。ところが、そうした理念が非常にしっかりしている局と、そう見えない局があるように感じます。
さらに言えば、キー局と地方局による番組配信のネットワークを見ると、多くの後発のローカル局の実態はただのプラットフォームであって、自分たちで大した目利きをしていなくても利益が上がる、「自社制作比率1%ですが、今年も収益が上がって株の配当ができたので、うちは優良企業です」みたいな局もあります。そうした局が、良質なローカル番組を作ろうと頑張っている他の地方局の足を引っ張ることを、業界も制度もよしとしてきたのではないでしょうか。
そこを根底から変えるためには、県域免許制と四波化という総務省が進めてきた放送政策の全体を見直さないと駄目ではないか。本来の放送の大義の観点から見て、現在どうあるべきなのかを本質的に議論する必要があると、私自身は思っています。
クロサカ いろいろなことを精算するためには、中途半端に残していてはダメで、創造的破壊が必要というのは経済合理性から言っても明らかです。一方で、誰もその痛みに耐えられないことが現実としてあります。
宍戸 おっしゃるとおりです。そこをどうなだらかに移行させるかを考えたときに、例えばTVerを活用し、放送の公共的な使命のために用いるのであれば、視聴データの利活用について個人情報保護の特例を認めるといったことも考えられます。そこに対して、TVerは通信だから何の規律もない、だから規制側が関わってくるな、といった物言いを聞いたこともありますが、それははっきり申し上げて、通信の世界の論理としても二周遅れの議論ですね。

クロサカ まったく別のロジックですけれど、たとえば広告業界も、「ネットとテレビがもっと相互乗り入れしないと先行きが厳しい、プラットフォーム事業者と勝負できない」と考えているようです。ネット広告のようにデータを活用して、視聴者の利便性向上と広告価値の拡大を同時に実現したいのでしょう。
宍戸 放送のあるべき姿を考えたときに、目の前の放送局だけを見ていては駄目で、新聞も、読者も、広告主も、広告代理店も、プロダクションも含めて全部見た上で、しかし行政が介入できるのは免許・認可のところだけなので、さてそこでどうしますかという議論が必要なのです。この問題は、民主党政権のときの「今後のICT分野における国民の権利保障等のあり方を考えるフォーラム」ではっきりと指摘されたにもかかわらず、結局、みんなそこに触らないまま15年近く経っているというのが私の印象です。
クロサカ 総務省も放送局も壁にぶつかっている気がしていますが、これはどうすれば変わりますか。
落合 日本の他のいろいろな業界を見ると、放送はそれでも変わってきていると思います。1年とか2年の単位で構造改革に近いことがされていて、実際の変化量が一番大きかったのはこの業界だったのかなという感じがします。介護や物流もいろいろ言われていますが、それ以上に事業の存立基盤が壊れかかっているし、もともとの収益基盤が著しく厳しくなってしまっています。したがって、本当に今のタイミングでやらないといけないことを、十分にやり切れているかというと、さらに努力していただきたいところもありますが、それでも変化が数字で出てきているほうだと思います。
公共放送WGでも、民放連は放送業界も変わっていかなければならないと理解をされているように感じます。ただ、どちらかというと新しく何をするべきかが見えていないという問題なのかなと思います。これからいっそう厳しいことは分かるが、だからといって、どこまでやればいいのか悩まれているような気がします。
データ活用のところで規制の整備を求める議論まで誰も頭が至っていないし、そうした情報が入っていないのだと思うのです。検討会の関係者も新しく考えるべきことを、業界とともに考えていくことも重要になるのではないでしょうか。

クロサカ 実は、個社では皆さん頑張っていて、地方局も含めていろいろな取組をしていると思います。地域社会において、自分たちのアイデンティティとかパーパスをもう一回確立しようとしたり、アプリをつくったり、配信をしたりとチャレンジをしている方々はいっぱいいます。
ただ、商売になっている感じがしないのです。それには、いろいろな理由があるのですけれども、商売の基礎である市場を見ることが不十分なのではないか。自分たちが地域の中で生きていくのだとしたら、対象となる地域に人が何人いて、何世帯あって、どんな人がいて、その人たちはどういう経済の中で成立していて生きていて、自分たちがどんな役割を期待されているのか。それを見定められないと、「いや、欲しいのはそっちじゃなくて、YouTubeとかTikTok」みたいになってしまいかねない。放送にはもっとできることがあるはずです。
求められる基盤の姿を改めて考えて、プラットフォームを生み出す。それがTVerでもNHKプラスでもいいのですが、NHKと民放ということの垣根を取り払い、皆が乗ることができるプラットフォームとして、経済合理性がある状態をつくらないと、報道さえ維持できないはずです。
落合 今のお話しに加えると、凸版やDNPはもともとやっていた印刷という商売は小さくなってきているのに、業態を上手く転換しています。あれこそ先に危機がきたので、日本企業の中だと比較的早く構造転換している業態だと思うのです。もし、放送局が凸版やDNPだったら今何をするべきなのか、本当は考えられるといいのかなとも思います。
ただ、読者がニュースにどこまでお金を払ってくれるかということがあるので、収入が確保できるような仕組みをつくっておかないと、ただのコストセンターとなって誰もやってくれなくなる恐れもあります。
今後のエコシステムとしては、曽我部先生がやられていた委員会のほうが、総務省より進んだことをされていたと思います。機能もさることながら、本当にもうかる仕組みをどうするのかという、生々しい話も議論しないと、この政策で十分なのかどうかは分からないですよね。
クロサカ あらゆるメディア企業はちゃんと「経営」を考えないといけません。企業である限り、金が回らなかったら終わりなのですし、経営の能力を高め続けなければいけない。それこそ有名な例としてよく富士フイルムがあがりますが、デジタライゼーションによってフイルムがなくなっていくときに彼らがやったことは、自分たちのコアコンピタンスはイメージングだとして、そこから新規事業を立ち上げたり、既存事業を再構築したりする。それでもまだまだ道半ばであることを自ら認めています。DXは果てしない旅で、実はゴールではなくて、ずっとやり続けなければいけない。その大転換の前に、もしかすると放送局は個社である理由、パーパスがなくなっていっているかもしれない。だから、これは大同団結するべきなのか、アンバンドルしてもっと細かくなるべきなのか、個別分析しなければいけない。何にせよ現状のままでいることが、一番不安定であるということになる。
瀧 私は、落合さん、クロサカさんの話には、あまり同調できていないというのが感覚としてあります。例に挙げた企業はいずれもコーポレートガバナンスの一貫として業態変革をした事例で、そうした転換を実現するだけの人材がいて、株主もそれを支持したから実現できた。最近は、例えば銀行では若手が辞めていて、やはり未来が見えにくい業界には人が来ないという非常に辛辣な労働市場としての投票行為があります。先が見えているおじさん達が多い場所だと、あと数年耐えればいいので、人と金の投票論理が働かないところだと物が変わりづらいなと思っています。
そういう意味では、私は上場しているテレビ局は変われると思うのです。そこにいる人たちが放送を代表して、今後もオーナーシップを持って制度を変えてくれるのだという担保があるなら、イコールに捉えてもいいのかもしれないです。でも、普通はそういうのは業態転換してテレビ放送を止めて、メディアの総合商社になってください、みたいな圧力を株主がかけます。放送局をやることで恩恵があるならいいですが、それもないのだとすると、DXというのはごく限られた一部の成功モデルを将来から評価するようなケースになるので、8割方はうまくいかない。富士フイルムではなくて、ただのコダックになる気がする。
クロサカ 私はDXは相当難しい営みで、8割失敗で2割成功だったらその結果を受け入れるべきと思っているところがある。つまり、多様性とか、多元性もそうなのですけれども、やはり外形的な数の問題として理解されていた部分は大きくて、それを変えなければいけないと思うのです……。というところで、そろそろ時間がきたので、最後に一言ずついただければと。

山本 先ほども触れましたが、私はここ数年、アテンション・エコノミーというビジネスモデルが言論空間を覆ってきているという問題を繰り返し指摘してきているのですが、やはりその課題をどうにかして乗り越えていかなければいけないと感じています。
例えばオーストラリアやカナダで、プラットフォームがメディアのコンテンツの使用対価についてメディア側としっかり話し合いましょうとプラットフォーム側に義務づける法案を出したら、メタはニュースを止めました。今後は、アテンション・エコノミーの世界だとニュースはそれほどもうからないので、恐らく多くのプラットフォームはニュース・コンテンツの配信を止めていく。そうすると、誰もニュースを見なくなるというディストピアが生まれてくる気がしています。中長期的にはリテラシーが大事で、アテンション・エコノミーというビジネス構造はこうだよ、こういうからくりになっていて、それにはこういう問題があるよ、ということを粘り強く伝えていく。
たとえば、添加物たっぷりの食べ物は、確かに安くて美味かったかもしれないけれど、健康への影響や中毒性への懸念が広がって、私たちは食の安全性を気にするようになった。そうした理解が進むと、消費者の健康を考えず、添加物をドバドバ使う会社は、市場において批判される。これを情報に置き換えてみると、アテンション・エコノミーのからくりを含めたリテラシー教育をしっかり行うことによって、アテンション・エコノミーの行き過ぎに対する批判的な視点が醸成されること、ある種の社会規範がつくられるのではないか。そうしたことを目指すのが、いま取り組んでいる「情報的健康」です。
もちろん、そうした社会規範が共有されるまで何もしなくてよいというわけではない。技術によるナッジも必要ではないかと思います。オリジネーター・プロファイルのような技術は、その1つとして位置付けられるように思います。リテラシー、ナッジのための技術、それらを支える骨太の政策、この三位一体で頑張っていくしかないのではないかなと思います。
ナッジ的技術については、非常に難しいのですが、プロミネントがその一つになるかもしれません。また、ゲーミフィケーションの要素も必要だと思います。ある報道コンテンツを最後まで見るとトークンがもらえて、そのトークンをローカルで頑張るNPOに寄附できるとか、公共的な目的をもったエンゲージメントの取り方をもっと戦略的に考える必要がありますね。私は、まだまだアイデアはあると思っています。
曽我部 クロサカさんと落合先生の議論は、現実問題としては分かるのですけれども、私には違和感があります。というのは、これは宍戸先生もおっしゃっていた点で、つまり放送政策がなぜ存在するのかということです。要は、アテンションに乗って、顧客を見て、顧客の食べやすいものを投げて、それで視聴率を上げて広告収入を上げるというのは普通のビジネスであって、そこに放送政策は必要とされません。
放送政策の役割は2つあると思います。ひとつは、電波を使うので、その交通整理しないといけないという道路交通法的な世界がある。他方で、これは宍戸先生がおっしゃった知る権利に応える、公共的な情報を流すといった、プロとして見るべきものを流すのだということが建前としてあるわけです。それができないところは、放送政策というのは必要ないわけです。
ただ、日本の放送法あるいは放送政策は、建前どおりになっていない。放送法で公共的なものを流すことになっているけれども、実際にはゆるゆるで、特に地方局は自主製作比率を非常に低く抑えて黒字化することを目指しているところもある。その根本的な矛盾をどうしていくのか。ひとつの方法は、それを建前にして、民放はビジネスであるので、TVerでも何でも好きなようにやればよろしい、というもの。だから、地方局も自助努力で生き残れなければ、そのまま退場してもらうという世界で、私企業的なビジネスの論理だけになるわけですが、それでいいのか。放送法が残っている限りはどうしても道交法的側面は残らざるを得ないので、難しいところではあるのですけれども、だんだんそうなっていくでしょう。
他方で、放送法の建前に立ち返って、放送局というのは民放であっても公共性があるので、しかるべく放送をしてもらわなければ困る。他方で、もう立ち行かなくなっている局が増えてきているというのであれば、これは先ほどからの瀧さんの話にあった地銀のように、総務省が強力に再編を主導する。現状、どちらもできていないという中で、別にTVerの行く末とかを総務省の会議で議論する必要は本来ありません。だから、そこは本来ビジネス的な判断で、各社がアライアンスをするならする、しないならしない、個社でやるということをやればいいけれども、それができないから総務省にある意味頼っている部分もあって、民放の側には甘えがあると思うのです。ただ、総務省もそれを主導する意思も能力もないという中でスタックしている。
「次世代NHKに関する専門小委員会(第2次)」の報告書にも書いたのですが、監督規制機関が弱いという問題が根本的にあって、情報空間が今どんな状態にあるのかモニターして、しかるべく政策を打っていくということが日本では全くできていない。これは宍戸先生がおっしゃったとおり、放送局が何か言ってくれば検討しますという受け身の姿勢なので、Ofcomのようにプロアクティブにやっていくことは全くできていないのです。
そういう中で、新聞は消滅の危機に至り、ローカル局もしかりで、よく分からない状況になっているということなので、規制機関をしっかり強化することが重要だとNHKの報告書に書いてきたのはそういう趣旨なのです。
いずれにしても、何かロジックを立てて、そこにのっとってビジネスに特化していくという路線ならそういう制度にしていくべきで、市場に委ねるという方向に行くべきですし、放送の公共性と言うのであれば、それに実態を与えるような政策展開、あるいはそれを支える規制機関の強化が求められるのではないかなと思います。

宍戸 振り返ってみますと、放送制度検討会の前の「放送を巡る諸課題に関する検討会」もかなり問題意識を持って議論してきたつもりですけれども、力及ばず、でした。こうして放送制度検討会という形で組み直して、非常に良い議論をしていただいているなと改めて感じます。
放送を巡る諸課題に関する検討会の問題意識は、人口減少が進んで、過疎化が進んで、いまテレビを視聴している世代が購買等を通じてテレビを支えられなくなってくる、我々の世代はテレビから離れネットにシフトすることが急速に進み、また価値観の多元化や多様化が進んでくる中で、本当に信頼できるマスメディアの在り方を維持しないと大変なことが起きるのではないか。
そうならないために、民放の経営基盤を強化するとか、NHKに先導的な役割を含めてネットに進出してもらうとか、課題の意識自体は2014年のときから変わっていない、10年間無策のまま来て問題が深刻化しているだけ、という危機感があるわけです。
ここまで来てしまったのは、我々、少なくとも私が議論に参加してももう混乱させるだけだなという気もするようになりまして、瀧さんとか落合先生とかクロサカさんに、エコシステムとして、デジタル世界のエコノミー一般といった観点から、放送やマスメディアの在り方について、しっかり提言や意識喚起をしていただくのは本当にありがたいことだと思っています。
瀧 このまま放っておいた場合の2030年、2040年の民放はこんな感じというビジュアル化が要るのだと思いました。10年前の話で思い出したのが、私がスタンフォードに留学したのが2009年で、留学当初にテレビを買うわけですけれども、ケーブルテレビを契約しても視聴できるのは来週からですみたいになるのですよね。仕方なく地元のテレビ局を見てみたら、なんと『龍馬伝』がやっていて、自分の頭がおかしくなったのかと思いました。そのまま40分『龍馬伝』を視た後に、今度は25分間青汁のインフォマーシャルが流れた。青汁のインフォマーシャルで海外から番組を買ってきて流すのが、サンフランシスコの地元テレビ局のあり方なのだと。これがなぜ成り立つのか、最後まで分からなかったのですよね。
これでいいのだったら、インフォマーシャルを頑張りましょう、みたいな世界なのかもしれないですし、2040年代はもっと分からないようなサブリミナルなものが当たり前にならなければいけないのかもしれないです。投資をするときには、ベストシナリオとワーストシナリオを書かせるわけですけが、ワーストシナリオを提示して、それで結果オーライだったら別にいいわけなので、まずはきちんとそれを見つめることから始めないといけないのだと思います。

落合 残っていなくては困るものを改めて見直していく中で、そのひとつが放送も含めたメディアのコンテンツではないかと思います。ただ、2030年とか2040年のタイミングを考えると、電波を使って動画で流す放送というメディアが、本当に視聴者に到達している情報として優位性がある状態なのかどうかというのは、分からなくなっています。
そういう意味では、放送というのが持っていた文化的価値、その中で培ってきた会社の取り組みや仕事の仕方というものを残していくとことが重要なのではないでしょうか。そういったものを残していくためには、どういう後押しが必要なのかというと、恐らくアテンション・エコノミーが進んでいき、放送波で広告が減少していくような状況では、単純によいコンテンツをつくります、単純に企業努力をしますというだけで、十分な制作費を捻出し、報道にお金をかけられるだけの収入が確保できるのかというと、そこは可能性として非常に難しいと見ています。
合併していくことも延命効果はあると思いますが、最終的には業態として、どういう形であれば「通信の中で合理的に情報を継続的に届けられるエコシステム」になっているのかを捉えていかないと、延命をしているだけになってしまう心配があります。
その意味では、総務省のほうでは攻めの戦略と言われていたと思いますが、そこの攻めがまだほとんど手がついていない状態だと思います。守りの方だけでは問題解決にはつながらない可能性が高いと思っていますが、この2~3年で攻めの部分を進めていくことによって、むしろ変化が緩やかなものになっていく可能性もあると思います。
これを10年後に行ってしまうと、今なら負けてしまうのが一部で済んでいたところが、もしかすると大半が負けてしまうかもしれないので、できるだけ早く議論していくことは本当に重要ではないかと思っています。
クロサカ 皆さん、ありがとうございました。いろいろ前提が変わっているということを受け止めて、産業の在り方、規律の在り方を、これまででいいとは誰も思っていないのだったら、何をどこからどの順番で変えていくのか。
変化に対しては、いまそこにいる人はどうしても抵抗せざるを得ない面もあるので、変化が当然のものと考えて話をしないと先に進めない。そのために行政で議論するということに一定の意味があります。だからこそ勇気を持って、みんなで踏み出していく。
総務省は「攻めと守り」と言っていますが、あれはずばり「皆で攻めに行って、新しい世界を作ってください」と言っていますよね。我々も当事者として未来を作ることが求められているのだと、改めて思いました。
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