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2024/11/8

24年7月20日開催 「法の支配のデジタル化~Agile Governance、Data Free Flow with Trust、Value of Statstical Life、Regulatory Sandbox~」シンポジウムレポート

    「法の支配のデジタル化~Agile Govenrnance、Data Free Flow with Trust、Value of Statstical Life、Regulatory Sandbox~」シンポジウムは、京都大学法政策共同研究センター・プロトタイプ政策研究所の共催、東京大学先端ビジネスロー国際卓越大学院プログラムの協賛により2024年7月20日に開催しました。各セッションにおいては、各分野の第一線の専門家(以下、プログラム順)より、それぞれの立場からの報告を行った上で、対談を行いました。

    東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授 西山圭太氏

    京都大学大学院法学研究科 特任教授 羽深宏樹氏

    デジタル庁企画官 目黒麻生子氏

    京都大学大学院法学研究科 法政理論専攻民刑事法講座 教授 稲谷龍彦氏

    東京大学大学院法学政治学研究科 法曹養成専攻公法系講座 教授 宍戸常寿氏

    京都大学大学院法学研究科附属法政策共同研究センター教授 山田哲史氏

    渥美坂井法律事務所プロトタイプ政策研究所 所長/シニアパートナー弁護士(第二東京弁護士会所属) 落合孝文氏

    内閣官房審議官 中原裕彦氏

    ※肩書は2024年7月時点のもの


    1.Agile Governanceと法のDigital Transformation (西山圭太氏・羽深宏樹氏)

     本パートでは、従来の縦割り型、そして法律により事前に細かく定めるスタイルによる統治の限界と、社会の前提の変化を踏まえたガバナンスの変革の必要性が説かれ、将来または現在進行中の立法・行政・司法の変容について論じられた。

     

    (a)Agile Governanceとは(羽深氏)

    (写真)京都大学 大学院法学研究科 特任教授 羽深宏樹氏

     羽深氏によると、1980年代以降、国家・government以外の多様なプレイヤーが相互に影響しあいながら社会を統治しているという認識から、governmentという主体からgovernanceという機能への視点の移動が生じた。そして、こうした延長で生まれたのがAgile Governance(以下、「アジャイルガバナンス」という)という概念で、小さなPDCAサイクルを繰り返して徐々に複雑なシステムを構築するアジャイル開発のコンセプトをガバナンスに適用したものだ。そして、デジタル化を背景に、従来の統治スタイルからアジャイルガバナンスへのガバナンスの変革が求められている、とのことである。

    (b)社会の前提の変化(西山氏)

    (写真)東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授 西山圭太氏

     西山氏は、現代的な社会は「システム」と「環境」の関係と捉えて、秩序自身が進化的に形成されると考えるのが有効だとし、最近ではデジタル化によってシステム変化のスピードが加速しており、国家が秩序を形成し、それで事足りるという前提はもはや成立しない、社会の中の様々なプレイヤーがお互いに相互作用としながら秩序を形成するようになりつつある、と指摘した。

    (c)ガバナンスの変革の必要性(西山氏・羽深氏)

     西山氏は、縦割りでトップダウンの行政機構、法律・政令・省令・ガイドラインといった従来の立法のシステムで今の複雑性には対応できない、という認識を示す。これを受けて羽深氏も、コンテンツモデレーションを例に、表現の自由と悪意のあるコンテンツの削除の必要性といったトレードオフの関係にあるものの間をシステム全体としてどうバランスするか、私的な存在であるプラットフォーマーに社会として何を求めるのか、それをどのようにモニタリングするのかといった、これまでにない問題がデジタル社会において生じているが、このような問題について立法・行政が事前にルールを細かく定め、執行するというトップダウンのアプローチは限界がある、と指摘した。

    (d)立法・行政の変容(西山氏・羽深氏)

     西山氏は、社会が縦割りの構造から、レイヤー構造に移行しようとしている(例えば、公的機関でも民間でも、意思決定そのものにアルゴリズムが入り込まざるをえない。また、一つのアルゴリズムで意思決定が行われるわけではなく、特有のアルゴリズムを持つプラットフォームが積み重なって意思決定につながるような仕組みが、デジタル世界においては実装されようとしている)、と指摘した上で、これらを運営するのは国家ではなく各プラットフォーマーであり、これまで立法・行政が担っていた公的な価値をこうした仕組みの下での意思決定に反映させるためには、そのアルゴリズムの運営に何らかの価値が反映されるようなプロセスをビルトインすることが求められる、と主張した。

     他方で羽深氏は、そうした状況においては、国家の制定する法律はますますプリンシプルベース、ヴァリューベース、アウトカムベースとなり、それぞれのプレイヤーに委ねられた価値の実装を外部から検証できることが重要になり、とくに「ある選択をしたことの正当化」という手続(デュープロセス)の観点が非常に重要になる、と主張した。

     そして羽深氏の主張を受けて西山氏は、レイヤー構造のガバナンスに求められるものとして、「一旦何をするか(Do What)は都度都度現場で決めるが、どのような手続で行うか(Do How)をあらかじめ定めること」、「Do Howを決める際に、価値をバックグラウンドに持つようなステークホルダーの意見を取り込むというように、単なる情報開示に留まらない広義のアカウンタビリティがあること」を挙げた。

    (e)司法の変容(西山氏)

     続けて西山氏は、そうした社会の変容の中で、司法の行ってきた判断のある部分はアルゴリズムをどうデザインするかの判断に移行することになる、と指摘した上で、判断を人間が行うかアルゴリズムが行うかという論点とは別に、市民から見た場合に、判断をやり取りするインタフェース自体が人間であることの価値も別に議論されるべきではないか、と主張した。

    2.VSLとDFFT  (目黒麻生子氏・稲谷龍彦氏)

     本パートでは、まず目黒氏が、近年ますます重要となる国際的なデータガバナンスについてDFFT(Data Free Flow with Trust: DFFT)という概念及びその課題感を指摘した。次いで稲谷氏が、VSL(Value of Statistical Life: VSL、統計的生命価値)という概念を提示し、これを「法の支配」実現のための方法論として位置付けた。

    (a)DFFT(Data Free Flow with Trust)について(目黒氏)

    (写真)デジタル庁企画官 目黒麻生子氏

     目黒氏はまず、DFFTという概念が生まれるに至った経緯と、DFFTが抱える課題について次のように説明した。

     国際的なデータの収集・保存・移転が安全保障や国内政治を左右しうる現状において、国際データガバナンスの議論の発展は急務である。しかし、各国でプライバシーやセキュリティについての考えは異なる。また、データのエコシステムはレイヤー構造となっており、全てのレイヤーの問題を解決しうる万能解は存在しない。そのような困難の中では、目の前の問題から解決していくというガバナンスのスタイルにならざるをえない。特に、WTOにおける主要国間の対立が激しくなった2021年前後から、DFFTは、データの流通かプライバシーかという一面的な議論を避け、「データガバナンス」という傘の下でプライバシー、セキュリティ、貿易等の様々な視点を分野横断的に議論する素地を築くとともに、データが現に越境しているという現実を踏まえた上で、データを流通させるための条件交渉の問題を「信頼」という言葉で括ることで議論をするという建設的なフレームを提示してきた。この観点から立ち上げられたのがDFFTを具体化するための国際枠組み(Institutional Arrangement for Partnership:IAP)である。IAPは、実際の越境移転を促進するためのソリューションを検討するところでは、広くマルチステークホルダーによる問題解決を追求する一方で、OECDにおける既存の政府間調整の仕組みと直接連動させることで、加盟国の関与を確保し、加盟国内でのソリューションの履行を促している。IAPは、アジャイルガバナンスを国際レベルで具体化する取り組みとしての側面がある。

     目の前の問題から解決するDFFTアプローチが、現実にプライバシーやセキュリティ等の様々な権利と衝突する場面において、その権利の制約をどのように正当化するかという点については残された課題である。これは多元的ガバナンスにおける公権力の在り方の問題であり、国際関係(inter-national relationship)と、trans-nationalな関係の交錯する国際データガバナンス、DFFTの実現における非常に重要な論点である。先ほどのIAPはこの問題に対して一つの解を示す試みである。

    (b)VSLについて(稲谷氏)

    (写真)京都大学 大学院法学研究科 法政理論専攻民刑事法講座 教授 稲谷龍彦氏

     次いで稻谷氏が、VSLという概念について次のように説明した。

     AIやIoTによって人間の判断や行動が代替される場面は増えているものの、特にリスクを伴う分野において、どのような機械による代替が、なぜ許されるのかを議論する方法論は確立してない。ここで、代替による費用と便益を計算し、便益が大きいから代替するという説明を可能にするのがVSLという概念である。VSLとは、「生命」という計測が難しい価値につき、費用便益分析を客観的に検証可能な形で実施するために必要な概念である。VSLは顕示選好理論に基づいて人々が実際に行っているリスク評価を利用することで、人々に受け入れ可能な生命価値を算出するものであるが、適切にVSLを実施すれば、客観的に検証可能な形で生命価値という計測が難しい価値を算定できるようになる。

     アーキテクチャルな層が拡大していくデジタル化の時代の「法の支配」は、「アーキテクチャを含む様々な力を正当な理由に基づく法によって統制すること」である。アジャイルガバナンスにおいてフィードバックのループを回す過程は、この意味での法の支配を実現する過程ということもできる。定性的に書かれた行為規範を垂直的に執行するという旧来型のガバナンスモデルには限界があり、定量的に設定された政策・法規制の目標の実現に向けて民間主体を巻き込む形で正当な理由を付与し続ける実践を水平的協調的に繰り返すようなモデルが考えられる。

     VSLの実践により、目標設定が定量的に示され、設定された目標が達成されているかを検証することができる。そして、こうした実践の繰り返しにより、アジャイルガバナンスを推進し、法の支配をアーキテクチュアルな層にも及ぼすことができる。その意味で、VSLは「法の支配」のための方法論として位置付けられる。

    (c)VSLとDFFTの関係(稲谷氏)

     なお、VSLとDFFTの関係については稻谷氏が次のように説明した。

     VSLを適切に実践するために大量の信頼できるデータが必要であり、DFFTによって信頼できるデータを利活用できることが法の支配の実現のために求められる。その意味でデータを適正な形で利用できることは統治を機能させるにおいて必須であり、基本権のようなものと理解してよいと思われる。

     さらに、DFFTの推進それ自体についてもVSLが必要である。DFFTにおいて何が問題になるのか、リスクの程度はどの程度なのかを定量的に把握するためにはVSLが不可欠である。このようにVSLとDFFTは支えあう関係にあり、両者が相まって、法の支配のデジタル化が進行していくと考えられる。

    3.法の支配のデジタル化 (宍戸常寿氏・山田哲史氏)

     本パートでは、宍戸氏がアジャイルガバナンスと法・政策との結びつきを説明した後、続けて山田氏が「法の支配」の歴史にも触れつつ、アジャイルガバナンスに対する公法学的の観点から疑問や指摘を加えた。

    (a)ジャイルガバナンスについて(宍戸氏)

    (写真)東京大学大学院法学政治学研究科 法曹養成専攻公法系講座 教授 宍戸常寿氏

     まず宍戸氏がアジャイルガバナンスと法・政策との結びつきについて次のように説明した。

     アジャイルガバナンスと法・政策との接点の第一点は、ルールベースの規制からゴールベースの規制という変化にあり、第二点は、企業、政府、コミュニティ・個人の3者のそれぞれの役割を再定義し、それを相互に関連付ける点にある。特に、法の支配との関係では、政府がルールの設計者からファシリテーターへ、企業がルールの遵守者から設計者へと、政府と企業の間でのルールメイキングにおける役割の比重の移動が起きるとされている。法の支配との関係で特に論点となるのはこのような点であろう。

    (b)法の支配について(山田氏)

    (写真)京都大学 大学院法学研究科附属法政策共同研究センター教授 山田哲史氏

     次いで山田氏が前提として「法の支配」の歴史について次のように説明した。

     日本は司法制度改革の際に、トップダウンでドイツ型の「法治主義」と、ボトムアップで英米型の「法の支配」の図式的な対置がなされ、後者への移行が目指された。しかし、法の支配の母国とされるイギリスでも、一方において議会主権に基づいて、議会法によるトップダウンの決定を重視する伝統もある。すなわち、肝心なのは、法の支配と法治主義を図式的に対立させるよりも、むしろ議会法を通じたトップダウンを重視する設計主義とハイエクが重視した自生的秩序の相克のほうにあるように思われる。

     さらに、法の支配は歴史的には民主主義と対立するものであったという点にも留意すべきである。例えば、Brian Tamanahaによれば、法の支配の起源は、教皇が国王を抑えるために持ち出した自然法や貴族が国王を抑えるために持ち出したゲルマン慣習法の議論であり、すなわち封建的なもの、既得権を保護するものであったとも指摘されている。民主的な議会法の台頭によりその理解自体も変容したものの、本来は民主主義と対立するものであったという点は留意しておくべきであろう。

    (c)アジャイルガバナンスと法の支配の関係(山田氏)

     その上で山田氏は、アジャイルガバナンスに対し公法学の観点から次のように疑問や指摘を加えた。

     第一に、公法学の観点からすると、アジャイルガバナンスを方便として本来公権力が担っていた責任を回避したり、民間セクターに押し付けたりすることや、ある特定の省庁が権限を民間に移行すると言いつつそれを統制することへの懸念がある。結局、新たな護送船団方式あるいは利益団体の支配になっては問題であり、隠れ蓑にならないような方策を用意することが必要である。そのため、組織・手続面の整備やデュープロセス保障の責任は一定程度公権力に残す必要がある。関連して、国家に留保しなければいけない責任、公的なものを私的な組織に移譲する場合、どのような形であればそれが許されるのかについて、範囲を確定する必要がある。他方で、私企業や私人に公的な責任を負わせるという議論についてなぜそれが可能なのかが本来は厳密に問われなければならない。アジャイルガバナンスの前提とする能動的な市民像についても、なぜ市民が能動的であることを要求されなければならないかという点には議論の余地がある。

     第二に、アジャイルガバナンスのマルチレイヤーに関しては、ファシリテーターとして国家は複雑化・グローバル化する中で任に堪えうるのか、国際機関・グローバルな組織にどこまで責任の配分が期待できるか、レイヤー相互の関係をどのように調整するのかといった点で議論が必要である。

     また、一般利益と特殊利益の区別に意を用いてきた公法学からすれば、関与すべきステークホルダーの範囲がどう確定するのかについて議論が必ずしも十分されていない点が気にかかるところである。技術面、制度論の面では、マルチステークホルダーを取り込んだアジャイルの制度デザインにおいてはデジタル技術が活用可能性も踏まえつつ、隣接分野の政治学におけるミニパブリックス論、デザイン学におけるクリエイティブデモクラシー論なども参照できよう。

     第四に、法の支配とアジャイルガバナンスの関係について述べておくと、アジャイルガバナンスの基本発想には反設計主義的なある種の古典的な法の支配の理解との間に一定の親近性があるように思われる。

    4.サンドボックスとデジタル時代の規制改革 (中原裕彦氏・落合孝文氏)

     本パートでは、落合氏が規制改革の手法及びアジャイルガバナンスの実装について具体例を交えつつ説明した後、中原氏がサンドボックス制度を踏まえた今後のルール形成の方向性、アジャイルガバナンスへの示唆を指摘した。

    (a)規制のDXとサンドボックス(落合氏)

    (写真)渥美坂井法律事務所プロトタイプ政策研究所 所長/シニアパートナー弁護士(第二東京弁護士会所属) 落合孝文氏

     まず落合氏が、自身が関与した規制改革の例を素材に、規制改革の手法及びアジャイルガバナンスの実装について次のように説明した。

     規制改革推進会議の「デジタル時代の規制・制度について」では、規制の手法として仕様を具体的に定める「仕様規定」ではなく、「性能規定」化が重要であるとされた。ここでの性能規定とは、単に技術的な基準を法令・政省令で規定しないというだけではなく、人や物の存在、行為などの機能に着目し、デジタル技術等で代替手法があるかを分析するものである。この例としては、書面・押印・対面の見直しが挙げられる。書面・押印・対面の見直しは、同様の記載を特定して、各省庁や自治体に同様の手法で見直しを求めることとなった。このような手法はデジタル臨時行政調査会にも引き継がれている。

     デジタル臨時行政調査会のデジタル原則ではアジャイルガバナンスが取り入れられたものの、法制度上の規制手法としては上述した性能規定化が最大限効果を発揮している。テクノロジーごとの規制類型との関係を分析したテクノロジーマップも、性能規定化の補足として整備されたものである。

     アジャイルガバナンスにおいては、政府がファシリテーターとなるというように、主体的間で役割が分担される。最終的には、規制の見直しであっても企業の取り組みであっても、できる限り主体的に取り組んでもらえるようにならなければ、実効性が出てこない。この点はアジャイルガバナンスにおいて今後検討されるべき事項であり、インセンティブ設計を設けるための責任制裁制度の位置付けが重要となる。自動運転の関係では、行政規制と責任制裁制度を連携させ、うまく調査協力や改善を図らせる形で設計をしようとしていたが、この点は参考になる。

     規制改革の手法としては性能規定化という形で進められていくということになるかと思われるが、主体的な取り組みを促すインセンティブ設計としての民事刑事も含めた制度見直しが必要になる可能性もある。一方で、こういった見直しをしていく中ではデータを利用することになるが、それに際してはデータ分析に関する手法や倫理を整備していくべきである。それでも、データ分析は最終的には水掛け論になることがあるので、段階的な見直しや実験的な制度を行っていく中で実証していくということが重要になってくるだろう。未だ発見されていないが社会的にも有用な手法を実装するためにも、このような主体のインセンティブを意識した、サンドボックスの取り組みも重要と考えられる。

    (b)官民共創のイノベーション(中原氏)

    (写真)内閣官房審議官 中原裕彦氏

     次いで中原氏が、同氏によって出版された『官民共創のイノベーション―規制のサンドボックスの挑戦とその先―』(ベストブック社、2024年)にも触れつつ、サンドボックス制度を踏まえた今後のルール形成の方向性、アジャイルガバナンスへの示唆を指摘した。

     ルールを変更するに際しては制度改正の必要性・許容性を示す必要があるが、それについての判断の役割を担う公的機関は現在の技術水準のもとで既存の産業を前提に整備され、人員もそれに合わせて配置されているため、それを示すことは容易ではない。規制のサンドボックスは、新事業や新技術と規制との関係が問題となった場合に、こうした桎梏を回避するため、期間・参加者を限定して実証を行い、一定のケースやデータを集めて、それをもとにその規制改革に繋げていく、市場との対話と実証による政策形成である。

     規制のサンドボックスにおける実証の段階においては、クリアカットに書かれた法律というよりは解釈に委ねられた規定を用いて性能規定的に法律が要請する要素を満たしているかを認定するというケースも多く存在する。

     今後の新たなルール形成において、これまで行政は明確性と柔軟性の比較衡量において、明確性に力点を置く対応をしてきた傾向があるものと考えられるが、完全に作りこまれた規定が常に良いルールという価値判断には再考の余地がある。不明確な規定は、克服すべき事象というよりは、新しい事象に対応するために法が予定しているものと考えることも可能であり、それをステークホルダーとどう作り上げていくかが重要だと思われる。アカウンタビリティのある不明確な規定も視野に入れていなくてはいけないと思われる。

     一方で、アジャイルガバナンスのコンセプトは適切と思われるが、ハードローからソフトローに移行すれば即アジャイルな対応ができるというわけではない。法的三段論法、既存の規制手法、前例への配慮、予測可能性と秩序維持の最大化といったルール形成におけるinertiaともいうべきものとどう付き合うかもポイントになる。


     本シンポジウムにおける議論の詳細が、有斐閣にて書籍化予定です。詳細が決まりましたらNewsページにて報告いたします。

    以上




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