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2026/6/1
「守り」の先にある、社会を動かす「実践」へ。企業法務とルールメイキングの新たな役割 【渡部友一郎/プロトタイプ政策研究所 メンバーインタビュー】

スタートアップをはじめとする変化の激しい環境において、法律家にはリスクを分析する「助言者」としての役割に加え、共に解決策を見出す「実践者」としての姿勢が求められています。今回は、企業内弁護士として法務・公共政策の両面で活躍されている渡部友一郎さんにインタビュー。ご自身の公共政策との出会いや、法務と公共政策が連携することで生まれる「社会実装」の可能性についてお話を伺いました。
※本記事の内容は個人の見解であり、所属組織・団体の公式見解ではありません。また、インタビューは2025年11月時点の情報を基に構成しています。
【渡部友一郎 プロフィール】
日本組織内弁護士協会理事(Airbnb) プロトタイプ政策研究所研究会メンバー
鳥取県鳥取市出身。2009年弁護士登録(62期)。英国系法律事務所フレッシュフィールズ、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)を経て、2015年よりAirbnbに入社。並行して、デジタル庁「デジタル臨時行政調査会」の構成員をはじめとする政府委員を歴任し、法制事務のデジタル化やルールメイキングの社会実装に尽力。国内外の法務アワードでの受賞歴も多数。
▼本記事の内容の一部は、動画でもご覧いただけます。
伝統的法律事務所から企業内弁護士へ。アンラーニングを続けた先に見た「価値提供の本質」
--まずは渡部さんのご経歴について、歴史ある法律事務所から、当時設立13年目であったDeNAに移られた経緯を含めてお伺いできますか。
私は2009年12月に弁護士登録(62期)をし、イギリス系のフレッシュフィールズという法律事務所でキャリアをスタートさせました。同所は、徳川時代の「公事方御定書」が定められた頃に英国で設立された非常に歴史ある組織です。当初は、グローバルな案件を通じて世界中のプロフェッショナルと仕事がしたいという思いで入所しました。
そこから約2年を経て、設立13年目の株式会社ディー・エヌ・エーへ参画しました。当時、同社はアプリゲームで世界No.1を目指しており、そこでの国際法務というポジションは、将来を想像したときに「今この瞬間にしか存在しない挑戦の場」であると直感しました。その直感に従い、新たな環境へ飛び込む決意をしました。

--法律事務所とはまったく異なる環境に入社されて、違いを感じられた点はありましたか?
当初はカルチャーの違いへの不安があり、最初は「初日に何を着ていけばいいのか」というレベルから心配していました。また、入社直後の私は、今振り返ればかなり「弁護士としての型」に固執していた部分があったと思います。法律事務所で学んだことを組織に還元するのだという意気込みがありましたが、実際にはビジネスの作法が全く異なり、力不足を痛感する場面も多々ありました。創業者である南場智子さんの言葉を借りれば、最初の数年は、組織の中でチームワークを発揮し、真のバリューを出していくために、自分を一度リセットする「アンラーニングを続けていた時期」だったと感じています。
--順風満帆なキャリアだとお見受けしていたので大変意外に感じたのですが、よろしければ「力不足を痛感した」エピソードなどを教えていただけますか?
はい。例えば事業部から相談を受けた際、判例や学説を詳細にまとめた学術的なリサーチメモをそのまま回答として送ってしまったことがありました。法律事務所のアソシエイトとしては「正しい仕事」をしたつもりでしたが、事業部が求めていたのは「結局、この事業は進められるのか、否か」という明快な行動指針でした。
これは、レストランに例えると分かりやすいかもしれません。お客様が求めているのは美味しい料理ですが、店員が突然「この前菜をAにするかBにするか、厨房でこれだけの議論がありまして……」と裏方の話を延々と始めたら、お客様は困惑してしまいます。情報は多ければ良いというものではありません。相手の状況やニーズに合わせて、最適な形で情報を提供すること。この本質に気づかされた大きな経験でした。
--法律事務所と事業会社では法律の専門家であっても役割が全く異なるということが今のお話からも理解できたのですが、組織内弁護士である渡部さんが事業会社でのコミュニケーションにおいて意識されていることはありますか?
「一人ひとりに合わせた柔軟なアプローチ」です。法律事務所では依頼者が法務部の方である場合が多いですが、企業内弁護士は、エンジニア、広報、財務、経営層など、背景の異なる多様なステークホルダーと協業します。つまり、価値観もコミュニケーション手法も異なる多様な人々とチームとして動くわけです。
例えば、エンジニアの方とはスピード感のあるチャットでのやり取りが適しているかもしれませんし、役員の方には対面での簡潔な報告が響くかもしれません。それぞれの機微を理解し、相手に寄り添う姿勢は、組織の中で機能するために不可欠な要素だと学ばせていただきました。
--ディー・エヌ・エーなどのスタートアップで働く上で、大切にされている仕事の価値観は何ですか?
一言で言えば「自ら手を動かす」ことです。私たち法律家は、その役割上、どうしても客観的な「分析者」という立ち位置になりがちです。「こうすべきだった」と指摘することは重要ですが、変化の激しい現場では、自ら実践的に物事を動かす姿勢こそが、真の価値を生むと信じています。
プロトタイプ政策研究所に参画されている方々も、皆さん驚くほど実践的です。落合所長をはじめ、議論を机上の空論に留めるのではなく、「社会を良くするために、目に見える形でアクションを起こそう」という強い意志を持って動いています。その「実行力」こそが、この団体の大きな特徴だと感じています。
米国IT企業への転職。公共政策との出会い、プロトタイプ政策研究所での活動

--米国IT企業への転職のきっかけは何だったのでしょうか?
実は当初、転職する気は全くありませんでした。しかし、ヘッドハンターからのスカウトをきっかけに面接を受けたところ、お会いする方々が皆さん本当に魅力的で。なんと計7から8段階も面接があったと記憶しているのですが、どの回も非常に興味深いものでした。特に対話が知的でエキサイティングだったのが、公共政策の担当者との面接です。いきなり「日本では今こうした戦略を考えているけれど、君ならどう思うか?」と、面接の場がすでに深いディスカッションになっていたのです。「この環境に飛び込まないと損だ」という知的好奇心が、飾らない一番の入社理由でした。
--米国IT企業に入られてから各政府関係の委員会等にも参加される機会が増えられたようですが、公共政策には、いつ頃から関心を持たれていたのですか?
正直に申し上げると、面接を受けるまで、公共政策の実務についてはほとんど何も知りませんでした。今お話ししたアジア太平洋地域の公共政策トップの方との面接が決まったのは、ある週末のこと。4日後の月曜午後が本番でしたが、その時点の私は全くの未経験状態だったのです。そこで、当時、別の米国IT企業の公共政策部門にいらっしゃった先輩弁護士に「助けてください」と連絡し、面接当日の午前中にオフィスへ伺って集中講義をしていただきました。その時に教わった重要事項を付箋に書き出し、オンライン面接の画面の周りに貼り付けて臨んだことを、今でも鮮明に覚えています。入社後、実務を通じて多くを学ばせていただく中で、公共政策は法律家にとって大きな「伸びしろ」になるのではと確信し、知見を深めていくことになりました。
--今公共政策分野は「伸びしろ」であるとのお話がありましたが、企業内で、法務部門と公共政策部門はどのように連携しているのでしょうか?
米国企業でも様々な関係性があるようですが、私の所属先では、法務と公共政策は「車の両輪」のように密接に連携しています。アジア太平洋の本部では、法務担当である私の隣に公共政策のリーダーが座り、常に対話しながら進めていくようなスタイルでした。法務が公共政策に刺激を与え、公共政策が法務に新たな視点をもたらす。イノベーションを社会に実装していく上で、この二つの機能の連携は極めて重要だと考えています。
--そもそも法務(法律家)と公共政策の専門家、それぞれの専門性と役割分担は具体的にどう違うのでしょうか?
法律家は「法的分析」のプロですが、「その分析結果を、誰に、いつ、どのような形でお伝えするのが最も効果的なのか」という政治的・社会的な力学の知識については、やはり公共政策の専門家に一日の長があります。例えば、ある法案に関わる議員の方々のバックグラウンドや地域のニーズ、これまでの歩みなどを詳細に把握しているか。私たち弁護士はそこまで精通しているわけではありません。しかし、公共政策のプロはそうした文脈を深く理解しています。ですから、法律家は「自分たちは公共政策のプロではない」という謙虚な姿勢を持つことが大切です。我々の法的知見を社会実装するためには、彼らの専門性との協業が不可欠なのです。
--そこまで公共政策のご担当者が政治家の情報を熟知しているとは驚きです。
公共政策を「営業活動」に例えると、イメージが湧きやすいかもしれません。相手がどのような課題を抱え、何を求めているのかを徹底的にリサーチしてアプローチする方が、良い結果に繋がりますよね。例えば、見知らぬ相手から突然連絡が来るよりも、信頼できる知人の紹介がある方が対話はスムーズに進みます。私たち法律家は「正しい論理があれば、自ずと伝わるはずだ」と考えがちなのですが、実際には人間対人間の信頼関係や心理が、社会を動かす大きな要素になると学んでいます。
--渡部さんが現在日本法人における法務と公共政策のどちらも統括するなかで、両者が連携するシナジーを感じられている部分はございますか。
法務のプロフェッショナルとして、現行法でのリスク判断に留まらず、ルールメイキングによって「ルール自体をより適切なものへアップデートしていく」というアプローチが取れる点です。現職の仕事でも「そのルールは変えられないのか」と事業部から相談を受けることが日常的にあります。
日本では「ルールは与えられるもの」という認識が伝統的に強いかもしれませんが、実は「ルールは自分たちで創っていけるもの」でもあります。法律家が「現行法では難しい」とお伝えする際、同時に「ルールを解釈し直したり、変えたりするような新しい選択肢」を公共政策の視点で提案できれば、社会の新陳代謝も速まります。それは社会全体にとっても非常にフェアで、価値のあることだと信じています。
――ルールメイキングというお話がありましたが、ご参画いただいているプロトタイプ政策研究所での活動には、どのような点に他の団体との違いを感じていらっしゃいますか?
二点あります。一つは、特定の利害に縛られず、多様なバックグラウンドを持つ専門家が「純粋に社会にとって善いルールとは何か」を議論できる中立的な場であること。もう一つは、単に提言を公表して終わりにするのではなく、それが実際の意思決定プロセスにどう乗っていくかという「社会実装(インプリメンテーション)」を、落合所長をはじめメンバー全員が極めて強く意識している点です。この実践志向こそが、大きな価値を生んでいるのだと感じます。
法律家の未来―「法的分析力」という核を活かし、変化し続ける

--渡部さんが今後、特に注力していきたいテーマは何でしょうか?
一言で言えば「エンパワメント」です。弁護士に限らず、法務部門を支えていらっしゃるすべての方々が、公共政策という視点も持って仕事に取り組めるようになると、組織の中で認められるバリューはより多層的になっていくと考えています。法務は、社内で「コストセンター」や、極端な場合には「事業を止める存在」といったネガティブなイメージを抱かれてしまうこともあります。しかし、公共政策という視点を持てば、「現行法ではここまでだが、共にルールを創ることで実現を目指そう」と、事業を「動かすための解決策」を提案できるようになります。単なるリスクの指摘に留まらず、価値を創出するサービスプロバイダーへと進化できるはずです。
日本は資源も限られた国ですし、人口減少という課題に直面する中で産業を盛り上げていくためには、イノベーションが不可欠です。そしてイノベーションには、適切なリスクテイクが欠かせません。私たち法律家も「リスクがあります」と伝えるだけでなく、どうすればそれを実現できるかという社会実装の道筋まで提案していくことが、これからの時代に求められていると感じています。
--AIが法務の仕事を代替していく中で、法律家はどのように価値観を変えていくべきだとお考えですか?
AIによって、判例調査などの定型的な業務が代替されていくのは避けられない事実です。その変化の中で、過去の定型業務だけに固執してしまっては、法律家としての新たな価値を見出すのは難しくなるでしょう。
それは、馬車が自動車に取って代わられた時代に、馬車の御者としての技術だけを磨き続けるようなものかもしれません。
かつて馬具を製造していたエルメスは、交通手段の変化をいち早く察知し、その高度な「革を扱う技術」をバッグや服飾品に応用することで、時代を象徴するブランドへと見事な事業転換を遂げました。私たち法律家も同様です。「馬具(定型業務)」を作るスキルそのものに固執するのではなく、「革を扱う技術(法的な分析力)」という核となる専門性を、AIには代替しにくい高付加価値な領域へと応用していく必要があります。私自身も、時代に合わせて自らをアップデートし続ける努力を、これからも止めてはならないと強く感じています。
(インタビュー・編集:渡部梓、撮影:田中美樹)
▼本記事の内容の一部は、動画でもご覧いただけます。
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2026/4/22
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プライバシー保護vs.データ利活用 幸福追求権を最大化する制度設計とは
デジタル社会の進展に伴い、データ利活用は社会全体のウェルビーイング向上に不可欠な要素となっています。しかし、同時に個人情報保護の重要性も増しており、両者のバランスをどのように取るかが喫緊の課題です。プロトタイプ政策研究所では、研究会メンバーの瀧、稲谷、クロサカ(本対談記事の発言順)が、所長の落合をファシリテーターとしてこのテーマにつき議論しました。特に稲谷が去る2025年1月21日に開催された内閣官房デジタル行財政改革会議に提出した意見書をもとに、データ利活用とプライバシー保護の未来、幸福の定義や国家の義務について議論します。

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