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2025/12/8

「行政のデジタル化」の最大の障壁とは?【松尾剛行/プロトタイプ政策研究所メンバーインタビュー】

    行政のデジタル化に向けた取り組みが全国で進められていますが、法制度や人材面など様々なハードルも存在しています。そんな中、法務の専門家として実務と制度設計の両面から支援を行っているのが、弁護士でプロトタイプ政策研究所のメンバーでもある松尾剛行先生です。本インタビューでは、行政DXの実情や課題、生成AI時代の人材育成について伺いました。

    【松尾剛行 プロフィール】

    桃尾松尾難波法律事務所パートナー弁護士。プロトタイプ政策研究所研究会メンバー。

    2007年の弁護士登録後、企業法務事務所において、IT法務を中心に経験を積む。国際的な案件を数多く担当し、2014年にはニューヨーク州弁護士資格、2020年には北京大学で法学博士号を取得。新たなテクノロジーがもたらす、複数の国が同時に直面するような世界的な課題に対し、それぞれの国がどのように対応しているかを踏まえた対応を行う。例えば、いわゆるAI新法制定に向けた議論を行った内閣府AI制度研究会(第2回)において、中国のAIに関する法制度の報告を行い、また、某県顧問や豊島区個人情報審議会委員として、各自治体に対してアドバイスを行っている。

    ▼本記事の内容は、動画でもご覧いただけます。

    【プロト研メンバーズファイルVol.2】プロトタイプ政策研究所研究会メンバー・松尾剛行

    IT法務の知見をもとに、行政・教育・政策へ活躍の幅を広げる

    ――情報処理技術者試験に合格された先生がITに関する企業法務に携わられているのは、IT関係の方にとって心強いと感じましたが、ご自身の業務にどのような影響があったのでしょうか。

    弁護士になってすぐに比較的大きなIT訴訟を担当させて頂きました。当初は専門用語が全く理解できずに絶望しかけましたが、「絶対にIT法務をモノにする」という意気込みで、ゼロからITについて勉強しました。

    私が合格した情報処理技術者試験(ITストラテジスト、情報セキュリティスペシャリスト(情報処理安全確保支援士の昔の呼び方)、プロジェクトマネージャ)は、ITに関する基本的なリテラシーを確認するITパスポートから、基本情報技術者、応用情報技術者とステップアップした先にあるので、まるで階段を一段一段登るように、自分の実力を確かめながらレベルアップ可能な点が魅力的です。

    そのような試験を利用した勉強と、その後の実務経験を通じて、IT技術者の方が「ここは説明しなくても分かってほしい」と感じる部分に関する知見があるため、悩みを抱えていらっしゃる技術者の方々と直接お話をして、法務的な解決にご協力することができます。その点に魅力を感じて頂いたのか、この分野の案件のご依頼を多数頂きました。

    最近では生成AIを含むAI案件が増えています。私は「AI法務はIT法務の総合格闘技である」とよく申し上げており、これまでのIT法務の経験をAI法務にも活かしています。

    そのような実務対応の成果として、2025年には現時点で3冊の単著を出版させていただきました。一つは『生成AIの法律実務』(弘文堂、2025年)という法的な論点にフォーカスした書籍で、著作権法や個人情報保護法など、具体的な法律上の論点に関する実務的なベストプラクティスを解説しています。『ChatGPTと法律実務 増補版』(弘文堂、2025年)は、リーガルテックやAIの導入によって、弁護士業界や企業法務の在り方がどう変わるか、どう対応すべきかをまとめています。さらに、『実務の落とし穴がわかる! IT・AI法務のゴールデンルール30』(学陽書房、2025年)では、事例形式でIT法務、情報法務に入門できる構成としています。

    ――一方で、先生は大学でも教鞭をとられ、主に行政法を担当されていると伺っています。どのようなご活動ですか。

    多くの大学で教鞭を執る機会を頂戴しておりますが、慶應義塾大学のロースクールでは行政法系の授業を3コマ担当させて頂いております。そのうちの1つである、3年生の必修科目である「公法総合」では、複数の教員が分担して憲法や法律を扱いますが、私は行政法を担当しています。実務家として、これから実務に進む学生に対し、行政法をどのように利用して実務で活躍するかという公法実務の基礎を教えています。

    ――企業法務と行政法は一見つながりが薄いようにも思えます。

    いえいえ、実は、企業法務と行政法は密接に関係していると考えています。第一に、行政に対するリーガルサービスの提供です。例えば、私はある県の顧問として、デジタルトランスフォーメーションに関する案件等に関与し、情報法務や国際的な知見を活かしてアドバイスしています。豊島区でも個人情報審議会の委員を務めさせて頂いており、システム化やクラウド化に伴う個人情報の問題について意見を述べています。

    第二に、企業による公共政策法務活動の支援です。企業がルールメイキングに取り組む際に弁護士として関与することがあります。こうした場面でも、行政法の知識が不可欠です。そもそも変えたいという法律が行政法に属することが多く、また、行政法の解釈を明確にするお墨付きが欲しかったりする案件も多いといえます。加えて、行政法に基づいて公務員が動き、政策プロセスが進むため、企業法務の実務においても行政法の理解は非常に重要だと実感しています。

    ――豊島区など複数の自治体等で審議会や有識者委員会に出られているとのことですが、その活動には、どのような視点を持って臨んでいらっしゃいますか?

    大きく二つの視点を大切にしています。外部だからこそ気づける視点から意見・助言を行うことが外部有識者の一つの重要な役割です。ただし、単に「民間と違う」と言うだけでは意味はなく、行政の実情に即して実行可能な形に落とし込めるような提案をすることが重要だと考えます。

    もう一つは、事務局との密なコミュニケーションです。有識者会議や審議会を開くということは、何らかの目的があるはずです。目的から大きく乖離した机上の空論だけ述べていても意味がありません。公平中立な立場で意見を述べさせていただくのは大前提ですが、「ある進むべき方向に進みたいものの、担当課だけではなかなか大変だ」、といった場合に、その方向性を「外部有識者の意見」として改めて示すことで、行政内部で進めやすくなる場合もあります。これはあくまでも一例ですが、事務局のニーズを理解するコミュニケーションが非常に重要だと考えます。

    ――先生はリーガルテックの公共政策等をされています。こうした公共政策法務活動で意識されている点をご教示ください。

    公共政策法務活動の多くは企業起点、つまり、企業として特定の意図を持って活動をしているわけです。しかし、企業だけが成功するのでは、何ら「公共」性がありません。ですから、その公共政策法務活動を通じて、社会全体の便益につながる、例えば国際競争力が高まったり、社会がより良い生活ができたりすることが重要です。

    「それって社会のためにどれだけ良いことがあるの?」という問いに対する説得力のある説明を行うことができる、つまり、企業の利益(私益)と公益の間において、win-winの関係が構築されてはじめて、公共政策法務活動は受け入れられ、効果的に進めることができます(松尾剛行『法学部生のためのキャリアエデュケーション』(有斐閣、2024年)204-205頁参照)。

    行政のデジタル化は「マインドセット」の転換が重要なカギに

    ――先生は行政のDXやAI活用についてアドバイスをされているお立場ですが、行政のDXやAI活用の現状地はどう見ていらっしゃいますか。

    企業も行政も、AIを含むデジタル化の必要性を実感しています。首長や経営層から「DXを進めよう」「AIを使おう」というトップダウンの掛け声が上がっています。同時に、現場からもChatGPTの利便性をプライベート等で実感した職員が業務利用を希望するなど、ボトムアップの動きもあります。

    しかし、実際に導入しようとすると多くの課題に直面します。これらの課題とその対応策が整理しきれておらず、その結果として足踏みをしたり、あるいは、かなり慎重に、石橋をじっくりと叩きながら渡ったりするような状況もあるようです。そして、こうした課題の解決に向けた対応の進捗具合は、自治体の間でかなり差が出ているというのが現状だと思います。

    ――どうすれば、多くの自治体がデジタル化やAI利活用の便益を享受することができるようになりますか。

    行政におけるデジタル化やAIの利用は、うまくやれば非常に良い成果につながるはずです。行政は人手不足で、かつジョブローテーションがあるため、着任直後で内容が分からない職員が対応しなければならないケースも多いといえます。

    同時に、条例を含む法令、要綱、マニュアル、先例等の既存のデータの活用が見込まれます。例えば、分厚いマニュアルのどこを見れば分からないというニーズに応えて、AIを利用して、目の前の案件に対応した該当部分を示すとか、多数の先例のうち参考となるものがどれか分からないというニーズに応えて、過去の先例のうち類似度が高いもの上位5件を示すとかすれば、公務員の業務が大幅に効率化される可能性が高いといえます。

     既に「デジタル技術を活用した行政に関する法的課題の調査研究報告書」(2024年)、「自治体におけるAIの利用に関するワーキンググループ報告書」(2025年)、及び、「行政通則法的観点からのAI利活用調査研究会中間整理」(2025年)等が公表されています。他の自治体の成功例等も踏まえて、是非AIの本格活用に向けて次の一歩を踏み出していただきたいと思います。

    なお、行政のAI化について、これらの報告書等を踏まえた論稿を公表しました。ご参照頂けると嬉しいです。

     

    ―探せば情報やノウハウを持った専門家、先行する自治体の事例等はあるということですね。そうしますと、「行政のデジタル化」の最大の障壁は何になりますか?

    個人的な感想のレベルで恐縮ですが、やはりマインドセットだと思います。要するに、自治体がAIをフル活用してDXを実現するためには、「個人情報との関係でこう対応すればAIを利用できる」といった形で、AIを利用することを前提に、そのためにはどのような点に留意し、どのような手続を履践すればいいかという方向で検討をした上でまずは利用を開始し、いわば、走りながら課題に対応していくべきです。

    ただ、そのようなアジャイルなやり方は、マインドセットの転換を要するものであり、まさに言うは易く行うは難しです。一朝一夕では不可能であることを前提に、安全なところからスモールスタートで徐々に活用範囲を拡大する中で、リテラシーを向上させると共に、自信を持ってもらい、その後は加速度的にデジタル化を進められるようになるといいですね。

     

    ――行政のデジタル化において、ベンダーとの関係性についての課題もあるかと思いますが、先生のご見解をご教示ください。

    ITやAIの分野では、行政との関係のみならず民間においても、ベンダーロックインの問題が常に存在します。その意味で、長期的には、最低限のAIリテラシーは全ての公務員が持つべきであり、それに加え、行政内部でAIの専門家を育成し、ベンダーの営業トーク等を鵜呑みにせず、批判的に検討、評価できるだけの専門性を持つべきです。

    ――そうすると、AI関係については、現時点からできるだけ行政内部で対応すべきだ、ということでしょうか。

    そこまでは考えていません。現状において、AIやデジタル分野の知見を有する在野の方が多いことは事実だと思います。その中で、現時点で行政の現場でデジタル化やAI導入に取り組んでいる方々は本当に頑張っていらっしゃいます。ロックイン等を警戒して民間の関与を最小限とするフェーズは将来的には十分生じ得ると考えています。

    ただ、現時点ではそのような行政で頑張っている方を民間の有識者が支えるということが大事だと思います。私も、すでにそのような形で既存の関係先の皆様をサポートしているつもりですし、もし今後何かの形でお呼び頂きましたら、外部有識者等の形で全力でサポートしていきたいと考えています。

    法務から見る、行政のデジタル化と人材のこれから

    ――最後に、今後、特に注力していきたいテーマやプロジェクトについてお伺いできますか?

    慶應義塾大学ロースクール以外でも教鞭を執らせて頂いており、学習院大学法学部ではキャリア教育担当の特別客員教授を務めています。公務員や公共政策関係を含む法律系のキャリアについては、AIやリーガルテック技術の発展により、いわば「仕事が奪われるのではないか?」という点の不安を抱く方も多いですが、「大丈夫です」と伝えることを目的に先ほど申し上げた『ChatGPTと法律実務 増補版』執筆に至りました。

    AIやリーガルテックの能力が日増しに高まる事を前提に、将来に渡り人間が発揮し続けることができる付加価値とは何かやそれを育てる教育や仕組みについて、引き続き研究と実践を続けていきたいと考えています。

    ――若い人は今後、どのようなスキルを身につけていく必要がありますか?例えば公務員志望の大学生を念頭において教えてください。

    私は、①昔ながらのスキル、②AIのリテラシー、そして、③新たなスキルを元に「私はAIを利用して、AI単独ではできない付加価値を与えられます」と説明できることが大事だ、と説明しています。

    ①というのは、ハルシネーション等で問題のある内容を生成する可能性のあるAIの出力を、誰がチェックすることができるか、ということです。やはり、従来のAIなしでもその業務を遂行することができるスキルを持った人だからこそ「おかしい」と気づくことができます。

    ②というのは、そもそもAIを利用できなければ仕事ができない時代が来るということです。ここで、AIのリテラシーというと、どのボタンを押すのか等という話だと勘違いされる方がいらっしゃいます。もちろん、そのような「利用マニュアルを読んで下さい」という話も広い意味でのリテラシーですが、むしろ私が重視しているのは、AI一般の強みと弱み、例えば「学習型AIはデータが多い部分では強みを発揮するが、データが少ないと大きな間違いをしやすい」といった部分です。

    ③というのは、近い将来、例えば2030年であれば①従来のスキルと②AIのリテラシーでAIの結果を確認・検証できるということで問題はないものの、2045年等の将来を構想すれば、ある程度定型的業務であればAIの方が人間よりミスが少ない等となってもおかしくない。そうすると、AI単独ではできないことを(AIを利用して)よりよくできるといった新たな時代のスキルを身につけていただく必要があります。

    ――昔は不要だったAIのリテラシーや新たなスキルが必要になるということは、今の若い人は大変になるということですね。

    そうとも言えますが、2点補足したいと思います。

    まず、そのような新たなスキルが必須になると思われるのは、将来、例えば20年先のことだということです。私が2007年に弁護士になった頃は、2025年の現在持っているスキルの大部分を持っていませんでした。まさに、この約20年の弁護士経験の中でスキルを身につけてきた訳です。若い方には、まさに将来のキャリアを構想して、徐々にそのようなスキルを身につけて頂ければと考えますし、そのような準備期間があるとご理解ください。

    また、テクノロジーはスキルを身につけることにも利用可能です。例えば、現在自治体職員の皆様は、住民の皆様とのやり取りを実地で(OJTで)学ぶことが多いと思いますが、もしかすると今後は、教育研修の一環として、様々な悩みをかかえた住民を模したAIアバターとやり取りを行い、その結果のフィードバックを受けて自信をつけた後で、実際の住民対応を行うといった形で、テクノロジーに支えられてより効率的にスキルを身につけることができるようになるかもしれません。

    その意味では、「困った時代になったな」と頭を抱えるのではなく、是非「新しい可能性にワクワク」して、一緒に新しい時代を切り開いていきましょう!

    (インタビュー:渡部梓、撮影:田中美樹)

    ▼本記事の内容は、動画でもご覧いただけます。

    【プロト研メンバーズファイルVol.2】プロトタイプ政策研究所研究会メンバー・松尾剛行

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