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2025/1/8
マッチング理論とマーケットデザインを日本の社会課題解決の糸口に【小島武仁/プロトタイプ政策研究所メンバーインタビュー】

東京大学マーケットデザインセンターのセンター長を務める小島武仁先生は、プロトタイプ政策研究所のメンバーとしてもご活躍されています。「17年ぶりに日本に帰国し、将来への不安や悲観の声を多く聞くようになりました。住む者としては少し残念ですが、研究者としては制度設計や政策を通じ解決策を提案できる領域であり、大きなやりがいを感じます。」と話す小島先生に、ご自身の研究やプロトタイプ政策研究所の魅力について伺いました。
【小島武仁 プロフィール】
東京大学大学院経済学研究科・経済学部教授。東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長。プロトタイプ政策研究所メンバー。
1979年生まれ。2003年東京大学経済学部経済学科卒業(卒業生総代)、2008年ハーバード大学Ph.D.(経済学専攻)取得。イェール大学コウルズ財団博士研究員、スタンフォード大学経済学部(助教授、准教授、教授。2012年にはテニュアを獲得)などを経て2020年より現職。専門分野はマッチング理論およびマーケットデザイン。著書に『マッチング理論とマーケットデザイン』(河田陽向との共著、日本評論社)などがある。
17年ぶりの日本帰国。マーケットデザインを日本の政策や制度設計に反映させる挑戦を開始
―まず、米国で17年研究活動をされてきて、4年前に日本に戻られる決断をした決め手は何だったのか、教えてください。
夫婦そろって米国で仕事をしてきたので、妻の仕事が日本で見つかったことが理由の1つですね。また、年齢を重ねた母親が日本におりますし、生まれ育った日本に愛着があったということもあります。
研究者としての観点では、私が行っているマッチング理論やマッチングの問題におけるマーケットデザインの制度設計を実際に現場で活かし、皆さんに喜んでいただきたいという強い思いがありました。
その点、日本は大変興味深い研究フィールドです。日本には独自の慣習などに起因する制度的な課題があり、これまでの研究から政策に関わり解決のきっかけを作れる「チャレンジングな環境」だと感じました。もちろん、それが可能なのは私が日本人で、日本の状況に対する解像度が高いというのも理由ですね。

―具体的に、日本はどのような点が「チャレンジングな環境」なのでしょうか。
例えば日本の医師や研修医の配属には課題が多いことで知られています。医師を育てる教育制度や、医師が働く労働市場の仕組みだけでなく、全国的に医療を行き渡らせるという観点から、多くの制約が生じているのです。特に、僻地医療のような地域医療の課題は非常に難しく、政策的にも大きな課題です。
米国では、医師の数が不足した場合に他国から比較的容易に医師を受け入れることができますが、日本ではそのような仕組みがないため、問題がより深刻化しています。
少し大げさかもしれませんが、日本社会が直面しているこれらの課題は、世界的な問題の一部が極端な形で現れているとも言えます。これを解決する制度設計に取り組むことは、非常に価値があり、研究者として挑戦しがいがあると考えているんです。
加えてお話すると、現職の東大に呼んでいただく際には、東京大学マーケットデザインセンターという研究センターを作っていただきました。これまでは一人の研究者として私個人が経済学の理論から研究を進めていましたが、このプロジェクトに不可欠なデータやプログラムの専門家の方々などと協同して研究できるのは大きいですね。今申し上げたようなさまざまな課題に対して具体的な解決策を提示し、政策立案や制度設計の実際の現場に役立ててもらえるよう尽力していきたいと思っています。
プロトタイプ政策研究所の魅力は、深い議論を行い、政策提言ができること
―プロトタイプ政策研究所に参加したきっかけを教えてください。
所長の落合さんをはじめプロトタイプ政策研究所メンバーの何人かの方とは経済産業省の検討会でご一緒する機会があり、それがご縁になりお誘いいただいたのだと思います。
さらにさかのぼると、彼らと知り合う前にプロトタイプ政策研究所メンバーの瀧俊雄さんとの繋がりがありました。私がスタンフォードに赴任して2~3年目に、彼がスタンフォードに留学してきたのです。当時、私は単身赴任で仕事をしていたので、瀧さんには食事に誘っていただいて、勝手に懐いていて(笑)。帰国する際にも、研究や政策への関心が非常に高い瀧さんからさまざまなご支援をいただきました。
日本に帰国したばかりの頃、私は研究の実装について強い思いを持っていましたが、長く米国にいたため日本での繋がりがほとんどありませんでした。そんな中で、個人的なご縁からこうした機会をいただけたのは本当にありがたく、自然な流れでプロトタイプ政策研究所に参加していました。
―研究所に実際に入られてみて、良かったと感じられたことはありますか?

大きく二つあると感じています。
一つ目は、政策提言をする機会を得られる点です。たとえ素晴らしいアイデアがあっても、それを実際に形にして発信するのは簡単ではありません。しかし、プロトタイプ政策研究所のメンバーとして参加することで、自分の意見を政策提言の形に昇華させ発信する機会を多く得られるのが非常にありがたいと感じています。
政策志向の研究所は日本ではまだ多くありませんし、学者として自分の研究を社会に活かしたいと思うものの、こういったシリアスな場を自ら作るのは難しいです。過去には、著名な経済学の先生が政策提言を目的とした研究所を設立しようとされた例もありましたが、ご本人も「難しかった」と話され、その維持は容易ではありませんでした。
その点、プロトタイプ政策研究所は、議論や提言ができる場を整えており、特にメンバーが優秀で発言力が高い方々が揃っているのが大きな強みです。特に所長の落合さんはもともと政策への発信力に優れており、研究所全体を引っ張っている存在だと感じています。
二つ目は、メンバー同士の関係性や議論の場が充実している点です。プロトタイプ政策研究所には多様な背景を持つ素晴らしいメンバーが集まっており、議論を通じて学びが多いだけでなく、純粋に会話が楽しいと感じます。新参者である私も快く迎え入れていただき、忘年会などの親睦イベントを挟みつつ、真剣な議論を重ねる場というのは、非常に貴重だと感じています。
例えば、以前の忘年会でのことですが、私は子供がまだ小さかったので早めに帰らなければならなかったんです。そうしたら、「時間が限られているから、今のうちにこの人と話してみたら面白いですよ」といった具合に、他のメンバーが自然と繋げてくれたんです。プロフェッショナルな集まりでありながら、フランクで気配りもできる方々だからでしょうね、短い時間でもリラックスしながら濃密な議論ができたことが印象的でした。
―ありがとうございます。そんなプロトタイプ政策研究所で先生が今後議論してみたいテーマがあればぜひお聞かせください。
私自身は広くマッチングや制度設計の課題に非常に興味があります。その中でも特に労働市場では、求職者と企業をいかに結びつけるかというのが重要です。この分野では、まだプロトタイプ政策研究所の中で主要な議題として扱われていないと思うので、機会を見つけてぜひ提案してみたいですね。
また、プロトタイプ政策研究所内ではAIやデータ関連に関心を持つ方が多く、この議論が進む可能性が高いと感じています。
私自身は、企業と協力して転職サイトで生成AIを活用して履歴書を自動生成するサービスがどのような効果を持つのかなど、労働市場における生成AIの活用を研究しています。
自分の経歴・スキルを表現するのが苦手な求職者がAIの助けを借りてそれらを効果的に表現できるようになると、より適切な仕事に出会える可能性が高まります。ただ、その効果の測定や検証は必要になると思います。また、こうした技術の活用には、データの使用方法や利用範囲に関する議論が必要です。
こうしたテーマは、私が取り組む研究とプロトタイプ政策研究所全体のアジェンダを結びつける形で議論を深める良い機会になるのではと期待しています。
―今後の研究所の展望というところでは、プロトタイプ政策研究所がどんな存在になるとよいと思われますか?
こうした研究所の場合、特定のスタンスを強く打ち出すものもあれば、そうではなく自由なスタンスを大切にするものもあります。プロトタイプ政策研究所は後者に近い立場だと思いますし、個人的にはその柔軟性がとても心地良いです。自由に発言できる環境があるのは素晴らしいことだと思っています。
ただ、その一方で、政策提言の場として、メンバーが正しいと信じているスタンスを示すことも必要です。このバランスを取るのは難しい課題だと思いますが、今のところ研究所は特定の利益に偏ったりせず、絶妙なバランス感覚を保ちながら運営されていると感じています。メンバー一人ひとりがしっかりと考え、自分の名前を出して発言する責任感があるからこそ、安心して議論できる場になっているのだと思いますね。
今後もこのバランス感覚を大切にしながら、さらに発展していってほしいと願っています。
「配属ガチャ」、待機児童など市場原理や価格メカニズムだけでは解決できない課題をマッチング理論で解決したい
―現在先生が注力しているプロジェクトについて、ご教示ください。

直近で特に力を入れているのが、「配属ガチャ」と呼ばれる問題に対する取り組みです。「配属ガチャ」には、従業員等の配属が本人の希望や能力を十分に考慮せずに決まることでエンゲージメントが下がり、結果的に離職率が上がるという課題があります。
そこで、企業や自治体で新入社員や自治体職員の配属を行う際に、マッチングアルゴリズムを導入する支援を行っています。このプロジェクトでは、単に配属の支援をするだけでなく、その効果を統計的に検証する実証実験を進めています。この種の実験はデータの収集や検証が非常に難しく、世界的に見てもこれほど大規模に実施された例はほとんどありません。
幸いにも、このプロジェクトには多くの企業や自治体が参加してくださっており、私たちのチームも充実したリソースを持って取り組めています。
現在も参加団体を増やすべく取り組んでいますので、もしこのプロジェクトに興味を持っていただける企業や自治体の方がいらっしゃれば、ぜひご連絡いただければと思います。
▼同研究にご興味をお持ちの企業・自治体の方は以下までご連絡ください(東京大学マーケットデザインセンターのサイトへ遷移します)。
https://www.mdc.e.u-tokyo.ac.jp/contact/
―今お話いただいた「配属後の効果の検証」ですが、効果が測りづらいようにも感じられます。具体的にはどのようにされているのですか?
おっしゃる通り「この配属が成功したかどうか」を直接測ることは難しいですね。企業の場合、利益という指標があったとしても「この人がいくら稼いだ」のかはわからないことがほとんどでしょう。多くの業務がチーム単位で進められるため、個人の影響を測るのは難しいのが実情です。
また、人事データの扱いは依然として難しい面があります。データの形式や意味が組織ごとに異なり、それが組織のパフォーマンスとどう関連しているのかが十分には分かっていないのが現状です。
そのため、典型的な指標として「離職率」を重要な柱にしています。特に新入社員の場合、離職率は非常に重要な問題で、例えば比較的離職率が低い大学新卒であっても3年以内に30%程度が辞めるという統計もあります。これを改善できるかが、一つの大きな指標です。
今回のプロジェクトでは、複数の企業や組織に協力していただき、共通のアンケートフォーマットを用いることで、各組織を横断した比較が可能になっています。これまでは個々の企業が独自にアンケートを行うケースが多かったのですが、これだと比較が難しい部分がありました。この共通フレームワークを使うことで、統一的な指標に基づいて成果を検証できるのが大きな特徴です。
アンケートでは離職するかどうかだけではなく「現在の配属に満足していますか?」「今後、部署を異動したいと思いますか?」などの質問をしています。これらの質問を複数重ねることで、現在の配属がどれだけ適しているか、より精度の高い分析を目指しています。

―仕事をするにあたり、本人のスキル・職歴等の適正は必要ですが、それ以上に人間関係・相性のようなものも重要な要素になるのではないかと感じます。そういった点は、どのようにマッチングされていらっしゃるのでしょうか?
人間関係は難しく、人事がアクセスできる情報を元に性格や資質に応じて相性の良いマッチングが分かれば理想ですが、おそらく現状ではほとんど無理であろうと思います。
そのこともあり、今ご支援している企業や自治体においては、「希望リスト」で人間関係の希望を反映させています。具体的には、ある社員の方が「部署XのAさんと働きたい」という気持ちを持っていたら、その方が提出する「希望リスト」に反映し、部署Xを第一希望に書いてもらいます。「希望リスト」はアルゴリズムに反映され、この情報も含めて配属が決まっていきます。
―最後に、先生の感じる、ご自身の研究の魅力はどんなところにありますか?
正直に言うと、「どうやったら良いマッチングが見つかるか」を考えて計算していく過程は、知的遊戯のような楽しさがあるんです。そして、そうした知的な楽しみが実際に公的な領域で役に立つというのが一番の魅力だと思っています。
保育園の待機児童問題では、以前は「保育園が全然足りない」と言われ、施設をどんどん作る必要があるとされていましたよね。でも、当時から「リソースを効率的に組み合わせれば、同じ数の保育園でも満足度を上げられるのではないか」と考えていました。皆が幸せになるような配分をすることが重要であり、物量が増えるのが目的ではないはずだからです。実際、保育園の配分や高校入試の定員などにおいて、マッチングの仕組みを整理し多くの希望が叶えられています。
日本のように人口が減少し、経済成長が鈍化している状況下では、物量をただ増やすだけではなく、限られたリソースで最大限の満足を引き出すことが求められます。これは日本に限ったことではなく、世界的にも限られたリソースを有効活用するという考えが重要です。
特に公的なリソースを配分する場面では、従来の市場原理や価格メカニズムだけでは解決できない課題がたくさんあります。その代わりに、効率性と公平性を両立させる仕組みを作るというのは、非常に興味深い研究だと感じていますね。

(写真:降籏捺妃、インタビュー・執筆:渡部梓)
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