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「ウェルビーイング」と都市経営の未来【南雲岳彦/プロトタイプ政策研究所メンバーインタビュー】

金融機関経営の最前線からまちづくりへー日本のまちづくりにおいて「都市経営」の視点が不足していると指摘するのは一般社団法人スマートシティ・インスティテュート代表理事、三菱UFJリサーチ&コンサルティング専務執行役員、慶應義塾大学大学院特別招聘教授/ 京都大学大学院客員教授で、プロトタイプ政策研究所研究会メンバーの南雲岳彦先生です。産官学民の壁を越え、市民の幸福である「ウェルビーイング」を実現するために、独自の指標開発や人材育成に尽力されています。本インタビューでは、激動の金融業界での壮絶な経験からスマートシティ分野への転身の背景、全国各地での成功事例、そして地域から月面まで広がる4つの未来の都市モデルについて、ビジネスと政策の両面に精通する南雲先生に迫ります。
※本記事の内容は個人の見解であり、所属組織・団体の公式見解ではありません。また、インタビューは2026年2月時点の情報を基に構成しています。
【南雲岳彦 プロフィール】
一般社団法人スマートシティ・インスティテュート代表理事/三菱UFJリサーチ&コンサルティング専務執行役員/慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授/京都大学経営管理大学院客員教授、プロトタイプ政策研究所研究会メンバー
慶應義塾大学法学部を卒業後、三菱銀行(当時)入行。ジョージタウン大学ビジネススクールMBA、ジョージタウン大学外交・国際関係大学院 International Business Diplomacy Program修了、ロンドン大学SOAS開発金融学修士(MSc)、コロンビア大学Professional Fellow Program修了。現在、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート代表理事等としての活動の傍ら、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科、京都大学経営管理大学院、名古屋大学等で教鞭を取る。公職では、デジタル庁田園都市Well-Being指標委員会委員、規制改革推進会議等の国の審議会委員の他、東京都、静岡県、渋谷区、横浜市、会津若松市、加古川市、浜松市等や民間企業の関連政策アドバイザーを務める。
▼本記事の内容の一部は、動画でもご覧いただけます。
金融の最前線での壮絶な経験とスマートシティへの転身
――まずは、南雲先生のこれまでのご経歴についてお伺いします。金融機関にご入社されてから、現在のまちづくりやウェルビーイングの活動に至るまで、金融の世界でどのような壮絶なご経験をされてきたのでしょうか?
私は1990年(平成2年)のバブル経済のピーク時に金融機関(三菱銀行、現在の三菱UFJ銀行)に就職しました。その後、企画の道に進み、MBA留学のチャンスを得てアメリカの経営手法を学び、その経験を生かしてアメリカの米州本部で経営の仕組みづくりなどを担当することになったのです。
最大のチャレンジは、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)の厳しい検査に耐えられる経営システムを作ることでした。当時、担当者には「日本の金融機関には戦略がなく、戦略がなければリスクを予見できないためリスク管理も内部監査も機能していない」と厳しく指摘されました。どうしたらこの課題をクリアできるのかと思いあぐねているある日、書店で出会った本に書かれていたのが、ハーバード大学経営大学院のロバート・キャプラン教授が提唱した「バランストスコアカード(BSC)」という、戦略を明確化し組織を可視化する手法です。これをやるしかないと直感した私は、米州本部にこの手法を導入しました。
これは日本の金融機関第一号だったと言われています。その後、日本に呼び戻されてUFJ統合のプロジェクトに携わり、統合時の戦略一本化のツールとして全国、全世界が対象の全社システムに導入しました。結果として、日本企業で初めてハーバード大学から表彰を受け、殿堂入りを果たすことができました。

――素晴らしいご功績ですね。その後も、歴史的な金融プロジェクトに関わられたとお聞きしました。
ええ。その後、バランストスコアカードの考え方を米国の某金融機関を買収する際に日本から米国へ逆輸入するといったプロジェクトに携わりました。また、モルガン・スタンレーへの出資交渉を担当した際には、米当局から特別な承認を得る必要があり、ある法律事務所に72時間缶詰になって交渉をすることなどを経験しました。さらに、リーマンショック後には、米国の規制強化に対応すべくアメリカにホールディングカンパニーを作り、銀行・証券・信託などのシステムや人事を一つの基準で束ね直すというプロジェクトを主導しました。帰国後は、日本を含む全世界のグループ全体のデータ一元管理の仕組みを作りました。振り返ってみると、何度も倒れそうになるほどの激務の連続でしたね。
――そのような金融の最前線から、なぜスマートシティやまちづくりの分野へ転身されたのでしょうか?
データの一元管理プロジェクトが終わった時、当時の上司が異動することになったんです。その時に「これからの時代は社会課題をデジタルで解く時代だから、お前は銀行というよりシンクタンクで社会のために働いた方がいい」と勧められ、後追うかたちで異動しました。その後、エストニアとの連携などデジタルガバメント推進に関わる中で、民間営利団体だけではスマートシティは立ち行かないと気づき、2019年に非営利団体「スマートシティ・インスティテュート」を設立しました。
――そこから「Well-Being指標」の開発に至った背景には、どのような課題があったのでしょうか?
活動を進める中で、実は一般の市民はスマートシティそれ自体を積極的に求めているわけではないことに気がつきました。私の妻にも「スマートシティを導入すると私にとってどんないいことがあるの?」と言われたことがあり、市民からすれば、スマートシティを実現するテクノロジーの話よりも「自分の生活がどう良くなるのか」が重要なのです。
そんな時に交流のあったオーストラリアのロイヤルメルボルン工科大学が行っている「リバビリティ・インディケーター」という指標を知りました。この指標は、例えば自宅から歩いて15~20分以内に生活に必要な施設がそろっているのか、旬の野菜を食べられる環境かというような暮らしに密着することを測定するものです。また、同じく交流のあったフィンランドに行くと「ウェルビーイング」をどんなところでも見聞きしました。そんな状況を体験する中で、スマートシティの目的は市民の「ウェルビーイング」、つまり幸福かどうかであり、テクノロジーは手段であるべきだと確信したんです。そして、慶應義塾大学の前野隆司先生(現・武蔵野大学ウェルビーイング学部 学部長・教授/慶應義塾大学名誉教授)や京都大学教授の内田由紀子先生と共同で、主観的アンケートと客観的データを組み合わせた日本独自の「Well-Being指標」を開発するに至りました。
Well-Being指標が牽引する日本発の新たなまちづくり

――その指標は現在、多くの自治体で導入されているそうですね。その中でも特にうまくいっている成功事例や、特徴的な自治体の取り組みについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
現在、約260の自治体で採用されています。まずは浜松市と静岡県の事例が非常にダイナミックで印象的です。
浜松市長を務めていた鈴木康友さんが2024年に静岡県知事選に当選された際のスピーチで「日本で最も幸福な県にしたい」とウェルビーイングを掲げられました。そして、知事就任後、その指示を出されたのです。具体的には、県の総合計画をすべてウェルビーイング指標に基づくものに作り変え、全庁レベルの幹部や中堅職員を対象に私たちが開発した「OASIS研修」(詳細はhttps://www.sci-japan.or.jp/oasis/index.htmlをご覧ください)というチェンジマネジメント研修を行いました。さらに、日本の自治体としては初めて副知事を「チーフ・ウェルビーイング・オフィサー」に任命し、全庁横断の「ウェルビーイング推進委員会」を設置して各部局に政策立案を義務付けるなど、推進体制を整えました。民間側でも静岡新聞が特設サイトを作るなど、産官が一体となって急ピッチで進んでいます。
――トップの強力なリーダーシップと、それを実行するための組織作りが見事に連動しているのですね。他にも注目すべき自治体はありますか?
会津若松市、加古川市、前橋市などもトップランナーとして非常に頑張っています。特に会津若松市がうまくいっている背景には、市役所の存在に加えて、地理的な要因と「人」の存在があります。あの地域は盆地で「おらが村はここまでだ」という地理的な境界線が明確なので、住民同士が協力しなければならないという機運、つまり「コモンズ」の意識が生まれやすいのです。さらに重要なのが、お金にはならなくても街のために自らの労力を惜しまない「大人の部活動」を担う市民リーダーの存在です。会津若松市では故・中村彰二朗さんのような方がいらっしゃいましたし、前橋市であればJINSの田中仁さんのような方が中心となって、地域を引っ張っています。こうした市民の熱意があるところに、ガバナンスやWell-Being指標がカチッとはまると、まちは大きく動き出します。
――「大人の部活動」という表現は非常に腑に落ちます。鎌倉市など、大都市に近い地域でも導入事例があるのですね。
実は、Well-Being指標を自治体として最初に導入した市のひとつは鎌倉市でした。当時、鎌倉市はスーパーシティ構想に手を挙げ、新たなまちづくりを提案しました。その際、「鎌倉らしさとは何か?」という議論になり、それは決して最先端のテクノロジーなどではなく、市民が鎌倉という街を愛する「シビックプライド」や、歴史、文化、自然といった要素だろうという結論に至ったのです。そこで、テクノロジーよりもそうした「人間中心の価値」を前面に出すためにWell-Being指標を作り、スーパーシティの提案に組み込みました。この「鎌倉のために作った指標」が、テクノロジー偏重に違和感を持っていた日本中の自治体のニーズと合致し、全国へ一気に広がっていく原型となったのです。
――地域の個性を可視化するツールとして全国に波及していったのですね。こうした日本の成功事例は、海外からも注目されているのでしょうか?
ええ、かなり広がっています。例えば台湾の高雄市では、デジタルガバメントの一環として、妊婦さんに無料のタクシーチケット(eバウチャー)を配るサービスを行っているのですが、それが本当に市民のウェルビーイングにつながっているかを測定するために私たちのプログラムを導入しています。また、もともと私たちがウェルビーイングの着想を得たフィンランドのタンペレ市でも、今度は逆に私たちの取り組みがモデルとして注目されているのです。さらに国連ハビタットが進めるグローバルQuality of Life指標の策定にも初期段階から設計・展開アドバイザーとして招聘され、実際の導入では日本からは横浜市、東広島市、渋谷区が先行導入して世界に発信しています。まちの個性を伸ばし、市民の幸せを起点とするこのアプローチは、今まさに世界的な時代に乗っていると感じています。
日本の政策における「都市経営」の課題と変革へのアプローチ

――これまでビジネスの最前線で壮絶な経営課題を乗り越えられ、現在は政策やまちづくりの世界に精通されている南雲先生からご覧になって、現在の日本のまちづくりや政策決定において、どのような課題を感じていらっしゃいますか?
一番の課題は、日本には産官学民連携の「都市経営」の技法やマインドが不足している点です。まちづくりに関する様々なワークショップやカンファレンスは盛んに開かれていますが、皆が集まって話し合ったことに満足して終わってしまうケースがほとんどで、ダイナミックなまちの変化には結びついていません。これを解決するには、産・官・学・民を統合し、1つの複合的な経営体として都市をマネジメントする手法を世の中で共有する時代を迎えなければならないと考えています。行政は行政のピースだけをやり、民間は儲けばかりを気にする、といった分断をなくし、全体を俯瞰して整合させる仕組みが必要です。
――分断された産官学民を統合し、1つの経営体として動かすためには、具体的にどのようなアプローチが必要なのでしょうか?
まず大前提として、スマートシティのようなまちづくりは「行政主導」では過去の例を見ても長続きしません。民間が頑張る仕組みや、お金にはならなくてもまちのために力を注ぐ市民の存在が不可欠です。その上で、それぞれ立場が違う人たちが連携するための「地図」が必要です。ガバナンスがあり、都市を動かすためのファイナンス(地域商社などによる収益の再投資やクロスサブシディ)があり、明確な戦略フォーカスがあって、最終的に市民の暮らしが良くなりウェルビーイングにつながる、というロジックです。私は現在、京都大学で大学院生向けに、かつて金融機関で導入した「バランストスコアカード」をさらに都市向けに進化させた、この都市経営の手法を教えています。
――その都市経営の手法やマインドを、実際の自治体職員の方々にはどのように浸透させているのでしょうか?
「Well-Being指標」という数字だけを見せても、自治体の職員にはとっつきにくく、実際の「戦略実行」には結びつきません。そこで、自治体職員向けに立ち上げたのが、先ほど静岡県をはじめとする様々な自治体で導入しているとお話した「OASIS研修」です。これはまさに、都市全体を動かすためのマインドや手法を教えるものです。また、研修をやって終わりではなく、異動などで人が入れ替わってもノウハウが残るよう、研修に参加した様々な自治体の職員同士がチャットツール等で経験を共有できる共助のネットワークを作っています。日本の自治体は横並びを気にする傾向がある一方で、孤立せずに「仲間がいる」という感覚を持つことが、新しい政策を推進する上で非常に重要だからです。
――ノウハウの共有だけでなく、同じ志を持つネットワーク作りもされているのですね。
根本的なことを言えば、日本の政策づくりでは「何を幸せとするか、何を正義とするか」というアーキテクチュアルな思想の議論が不足しがちです。本来は、全体としてどういう国やまちを目指すのかというビジョンがあり、その上に規制改革やテクノロジーの活用が成り立つべきなのです。研修や様々なネットワークを通じて、そうした本質的なビジョンを持ち、都市経営を担える人材を育てていくことが、日本のまちづくりを変える鍵だと考えています。
4つのスマートシティビジョンと未来への展望

――最後に、今後取り組まれたいテーマや、その先にある日本の未来の姿など、今後のご展望についてお伺いできますでしょうか?
私の現在の関心の中心はやはりスマートシティにあり、これからのプロトタイプとして「4つのスマートシティビジョン」を提唱し始めています。これまでのテクノロジー中心のアプローチからウェルビーイング中心へと進化してきた中で、日本の多様な風土や条件を踏まえると、これからのまちづくりはこの4つのモデルに収斂していくだろうと考えているのです。
――その4つのビジョンについて、具体的に教えていただけますか?
はい。1つ目は、日本の小さな町に最適な「コモンズ・スマートシティ」です。人と人との顔が見える社会関係資本の上に成り立つモデルです。フランスのワイン作りには、土壌や気候、そこに生きる人々の文化が一体となった「テロワール」という概念がありますが、まさにその日本進化版と言えるもので、地域の自然や祭り、価値観が一体化したベースラインとなるまちづくりです。
2つ目は、東京のような大都会が世界と勝負するための「コグニティブ・スマートシティ」です。これまでの単純なデータ連携基盤から一歩進み、AI自体が考える力を持ち、AI同士が連携しながら人間社会を支援していくという、新たなAI時代の都市モデルです。
3つ目は、気候危機などに対応する「バイオフィリック・スマートシティ」です。例えばシンガポールは現在「シティ・イン・ザ・ネイチャー」を掲げており、まちの壁や道路がすべて緑に覆われ、まるでジャングルの中に都市があるようなまちづくりを進めています。日本の都市においても、建物や道路に緑や農園を取り入れ、自然と完全に一体化するようなまちの姿が今後必ず求められます。
4つ目は、新たなフロンティアを目指す「ルナ・スマートシティ」(月面スマートシティ)です。ルナとは月のことですが、日本は世界でも数少ない、ロケットを打ち上げられる国の一つですよね。これまで地上で培ってきたスマートシティのデータ連携基盤などを月面に応用し、地上と月面をつなぐ新しいウェルビーイングの形を作りたいという、スケールの大きな構想です。
――身近な地域コミュニティから宇宙空間まで、非常にワクワクする未来像ですね。これらのビジョンを実現していくために、どのようなアプローチをお考えですか?
おかげさまで、私たちの団体の会員数は現在880団体ほどにまで拡大しており、非常に影響力のある大きなネットワークに成長しつつあります。今後は、こうした強固なつながりを最大限に活かして横の連携をさらに深め、単なる構想で終わらせず、これら4つのモデルを具体的に社会へ実装していく活動に注力していきたいと考えています。
(インタビュー・編集:渡部梓、撮影:田中美樹)
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